ツール比較・選び方 読了 13分

SaaS導入の社内浸透の進め方|試行から旧運用の停止まで、やめる基準と個人情報保護法25条の委託先の監督

業務システムが使われなくなる原因は、機能より導入の進め方にあることが多いです。導入前に決めておく6点、試行から旧運用の停止までの5段階、試行メンバーの選び方、個人情報保護法23条〜28条と委託先の監督、契約前にベンダーへ確かめることを説明します。

馬場生悦
宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
SaaS導入の社内浸透の進め方|試行・並行運用・やめる基準と個人情報の委託先の監督
目次

SaaSなどの業務システムを社内に浸透させるには、導入前に「誰が、どの業務で、いつから使うか」と「やめる条件」を決め、旧運用との並行期間を区切ることが近道です。入居者やオーナーの個人データを外部のサービスに預ける場合は、個人情報保護法25条の委託先の監督も導入手順に組み込みます。この記事では、試行から全社展開、旧運用の停止までの進め方と、契約前に確かめる個人情報の論点を整理します。

導入しても使われなくなる理由

業務システムが社内で使われなくなる原因は、機能の良し悪しより、導入の進め方にあることが多いです。よく見られるのは次のような状況です。

  • 何のために入れたのかが共有されていない:「便利そうだから」で入れると、現場は今のやり方を変える理由を持てません。
  • 経営者自身が使っていない:経営者が紙やExcelで報告を求め続けると、現場は新旧の両方を作ることになります。
  • 旧運用との並行期間に終わりがない:「慣れるまでは両方で」が続くと、どちらが正しいデータか分からなくなります。
  • 機能を一度に広げる:覚えることが多すぎて、結局、最低限の機能しか使われません。
  • やめる条件を決めていない:合わないと分かっても判断できず、使われない契約が続きます。

どれも、導入前の取り決めで防げるものです。以下では、決めておくことと、進め方の手順を順に説明します。

導入前に決めておくこと

導入を決めたら、次の6点を1枚の紙にまとめ、関係者で共有します。後で「そんな話は聞いていない」とならないよう、文書にしておくことが大切です。

決めること書く内容の例決めないと起きること
目的「更新契約の書面作成と送付を1つの画面で済ませる」など、業務の言葉で1文評価の基準がなく、使うかどうかが人によってばらばらになる
対象業務最初に置き換える業務を1つか2つに絞る機能を一度に広げてしまい、覚えきれない
責任者導入を進める人、現場の相談窓口になる人質問の行き先がなく、使い方が自己流になる
うまくいったと判断する目安「対象業務をすべて新しい仕組みで処理している」など、確かめられる状態続けるか、やめるかを決められない
やめる条件と時期試行の終わりに判断する日と、判断に使う事実合わない仕組みに費用を払い続ける
データの出し方解約・乗り換えのときに、物件・契約・顧客のデータを書き出せる形式別の仕組みに移れず、やめる判断ができなくなる

「うまくいった目安」は、数字の目標でなくてもかまいません。対象業務が新しい仕組みで回っているか、紙やExcelの作業が残っていないか、といった確かめられる状態で書くほうが、現場にとっても分かりやすくなります。

試行から旧運用の停止までの進め方

進め方の例を5つの段階で示します。各段階の期間は会社の規模で変わるため、目安として読んでください。

準備: 経営者と責任者が先に使う

契約したら、まず経営者と導入の責任者が、自分のアカウントで実際の業務データを入れて使ってみます。物件を登録し、契約を入力し、書類を出してみる、といった一通りの流れです。使ってみて分からない点は、そのままベンダーへの質問の一覧になります。データの書き出しがどの形式でできるかも、この段階で確かめます。

試行: 1つのチームで対象業務だけを置き換える

少人数のチームで、決めた対象業務だけを新しい仕組みに移します。試行中は週に1回、短い時間で「困ったこと」「紙に戻した作業」を聞き取り、設定や手順書を直します。

判断: 続けるか、やめるかを決める

試行の終わりに、導入前に決めた目安と照らし合わせて判断します。判断に使うのは「使っているか」「対象業務が回っているか」「紙に戻した作業が何か」という事実です。合わない場合は、やめることも選択肢です。やめる判断ができる会社のほうが、次の導入もうまく進みます。

展開: 対象者を広げ、機能を少しずつ足す

続けると決めたら、対象者を全社に広げます。機能は一度に開放せず、対象業務が全員で回るようになってから次の機能を足します。試行に参加した人が、各部署の相談役になると、質問が責任者に集中しにくくなります。

停止: 旧運用を止める日を決めて止める

旧運用(紙の台帳やExcel)を止める日をあらかじめ決め、その日以降は新しい仕組みを正本とします。旧ファイルは削除せず、読み取り専用にして保管しておくと、過去の記録を確かめたいときに困りません。

試行メンバーの選び方と並行運用の区切り方

試行メンバーは、新しい道具が好きな人だけで固めないほうが、全社展開のときにつまずきにくくなります。次のような組み合わせが考えられます。

  • 対象業務を日常的に担当している人(業務の流れを知っている)
  • 困ったことを言葉にして伝えられる人(改善点が集まる)
  • 社内で頼りにされている人(展開のときに周りが相談しやすい)

並行運用は、移行の間の安全策として必要ですが、長く続けるほど二重入力の負担が増え、どちらが正しいかが曖昧になります。並行期間を始める前に、終わる日と、その日にどちらを正本にするかを決めておきます。並行中に新旧で食い違いが出たら、その原因を記録しておくと、手順書の見直しに使えます。

個人データを預けるときの法律

入居者、申込者、オーナーの情報を外部のクラウドサービスに保存する場合、個人情報保護法の確認が欠かせません。導入の手順書に、次の点を組み込んでおきます。

安全管理措置と従業者の監督(23条・24条)

個人情報保護法23条は、個人データの漏えい、滅失または毀損の防止その他の安全管理のために、必要かつ適切な措置を講じることを求めています。24条は、従業者に個人データを取り扱わせるときの監督を求めています。新しい仕組みを入れるときは、誰がどのデータを見られるか(権限)、退職者のアカウントをいつ止めるか、を決めて記録しておきます。

委託先の監督(25条)

25条は、個人データの取扱いの全部または一部を委託する場合、委託先に対して必要かつ適切な監督を行わなければならないと定めています。個人情報保護委員会の「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」は、3-4-4「委託先の監督」でこの条文の考え方を説明しています。委託先の選び方、委託契約で定めておくこと、委託先での取扱状況の把握の仕方を確認してください。

個人情報保護委員会のQ&A(Q5-9)では、委託先での取扱状況を把握する方法として、取扱いの場所に出向くことは義務ではなく、取り扱う個人データの性質や量に応じて、口頭での確認を含む適切な方法をとればよいとされています。中小の会社がクラウドサービスを使う場合は、サービスの公開しているセキュリティの説明や、問い合わせへの回答を記録しておく方法が現実的です。

クラウドサービスが「委託」に当たるかどうか

同じQ&A(Q7-53)では、クラウドサービスを使う場合に委託に当たるかどうかは、サービス提供事業者がサーバーに保存された個人データを取り扱うかどうかで判断するとされています。契約条項で個人データを取り扱わないことが定められ、適切にアクセス制御が行われているなど、提供事業者が個人データを取り扱わないこととなっている場合は、本人の同意を得る必要はなく、25条の委託先の監督の義務も生じないという考え方です。ただし、その場合でも、自社が保存するデータについての安全管理措置(23条)は自社の責任として残ります。どちらに当たるかは、利用規約や契約書の条項で確かめます。

漏えい等の報告と外国にある第三者(26条・28条)

26条は、個人の権利利益を害するおそれが大きい漏えい等が生じたときに、個人情報保護委員会への報告と本人への通知を求めています。サービスで障害や不正アクセスが起きたときに、ベンダーからいつ、どう連絡が来るかを、契約前に確かめておきます。サーバーが国外にある、または国外の事業者が運営するサービスでは、28条(外国にある第三者への提供の制限)との関係も確認が必要です。

なお、個人情報保護法は2026年7月17日に改正法が公布され、一部を除き、公布日から2年以内で政令で定める日から施行されます。個人情報保護委員会の法律案の説明資料では、委託先に対し、委託を受けた業務の遂行に必要な範囲を超えて個人データ等を取り扱ってはならない旨の義務を明文化することなどが示されています。施行に向けて条文番号や運用が変わる可能性があるため、契約書のひな形を見直す際は最新の資料で確かめてください。

契約前にベンダーへ確かめること

導入前のやりとりで、次の項目への回答を文書で受け取り、保管しておきます。回答が曖昧な項目は、契約前に確かめておくほうが安全です。

確かめることなぜ必要か
提供事業者が保存データを取り扱うかどうか(利用規約・契約条項)委託に当たるかどうかの判断材料になる(Q&A Q7-53)
データの保存場所(国内・国外)28条との関係を確認するため
再委託の有無と範囲委託に当たる場合、再委託先まで含めて監督の対象を把握するため
アクセス権限の設定と操作の記録23条・24条の安全管理と従業者の監督のため
障害・漏えい等が起きたときの連絡方法と時期26条の報告・通知に間に合わせるため
データの書き出し形式と、解約後のデータの扱いやめる判断ができるようにするため。解約後に消去されるかどうかも確認する

定着したかどうかの見方

定着したかどうかは、利用者の数よりも、対象業務が新しい仕組みだけで回っているかで判断します。毎月、次の3つを短く確かめると、形だけの利用に気づけます。

  • 対象業務で、紙やExcelに戻した作業が残っていないか
  • 入力されていない項目、古いままの情報がないか
  • 新しく入った人が、手順書だけで作業を始められるか

導入から時間がたつと、入力項目が増えて負担が重くなりがちです。半年に1度ほど、使われていない項目や画面を整理すると、現場の負担を抑えられます。

ウルスタくんは、物件・入居者の管理、更新が近い契約の一覧、入金の記録、オーナーへの送金明細、書類と電子サインを1つの仕組みで扱います。検討する場合も、この記事の「導入前に決めておくこと」と「契約前にベンダーへ確かめること」は同じように確かめてください。

よくある質問

Q1. 試行の期間はどのくらいが適当ですか。

対象業務が一巡する期間を目安にします。月次の業務なら少なくとも1か月分、更新契約のように月ごとに件数が変わる業務なら、件数の多い月を含めると判断しやすくなります。期間は試行を始める前に決めておきます。

Q2. ベテランの社員が新しい仕組みに反対しています。

反対の理由を具体的に聞くことから始めます。今のやり方で防いでいるミスや、確認している点が理由になっていることが多く、それは新しい手順に組み込むべき知識です。試行メンバーに入ってもらい、手順書づくりに関わってもらう方法もあります。

Q3. クラウドサービスに入居者の情報を入れるとき、本人の同意は必要ですか。

個人情報保護委員会のQ&A(Q7-53)では、提供事業者が個人データを取り扱わないこととなっている場合は、本人の同意は不要とされています。委託に当たる場合は、27条5項1号により、利用目的の達成に必要な範囲内での委託に伴う提供として、提供を受ける委託先は第三者に該当しないものとされ、本人の同意は要りません。その代わり、25条の委託先の監督が必要です。どちらに当たるかは契約条項で確かめてください。

Q4. 無料の試用期間だけで判断してよいですか。

試用期間は画面の使い勝手を確かめるには役立ちますが、データの書き出し、権限の設定、障害時の連絡といった点は、試用だけでは分かりにくいものです。上の確認表の項目は、試用とは別に文書で確かめておくことをおすすめします。

出典(本文で参照している資料)

この記事は2026年10月7日時点の情報です。

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