賃貸管理 読了 14分

賃貸住宅の認知症入居者 対応マニュアル|家族・地域包括支援センターとの連携と成年後見制度を踏まえた管理会社の実務

認知症の疑いがある入居者への対応は、管理会社だけで抱え込まず、家族や地域包括支援センターにつなぎ、契約の手続きは意思能力と成年後見制度を踏まえて進めるのが基本です。民法3条の2、個人情報保護法27条、民法859条の3をもとに手順を整理します。

馬場生悦
宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
賃貸住宅の認知症入居者 対応マニュアル|成年後見と地域包括支援センターとの連携
目次

認知症の疑いがある入居者への対応は、管理会社だけで抱え込まず、家族や緊急連絡先、地域包括支援センターにつなぎ、契約の手続きは本人の意思能力と成年後見制度を踏まえて進めるのが基本です。民法3条の2は、意思表示をした時に意思能力がなかった法律行為を無効としています。解約や更新の書類にサインをもらえば済む、とは限りません。この記事では、異変に気づいたときの記録、個人情報の扱い、地域包括支援センターへの相談、成年後見制度の使い方、施設への入所で退去するときの注意点を、法令と公的な資料にもとづいて整理します。

認知症という診断名そのものが、契約の効力を決めるわけではありません。問題になるのは、手続きをした時点で本人に意思能力があったかどうか、そして成年後見などの審判を受けているかどうかです。

規定内容実務での意味
民法3条の2意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効解約届や更新の合意書に署名があっても、後で無効を主張される可能性がある
民法7条・11条・15条判断能力の程度に応じて、家庭裁判所が後見・保佐・補助の開始の審判をする本人の状態に合わせて支援の範囲が変わる
民法9条成年被後見人の法律行為は取り消すことができる。日用品の購入その他日常生活に関する行為は除く後見が始まっている入居者との契約手続きは、成年後見人を相手に進める
民法859条の3成年後見人が本人の居住用建物について賃貸借の解除などをするには家庭裁判所の許可が必要施設入所に伴う解約は、許可の手続きに時間がかかる前提で動く
共生社会の実現を推進するための認知症基本法 7条日常生活及び社会生活を営む基盤となるサービスを提供する事業者は、事業の遂行に支障のない範囲内で、認知症の人に必要かつ合理的な配慮をするよう努める努力義務。説明の仕方や手続きの進め方に配慮を求める考え方

管理会社が本人の意思能力を判定することはできません。できるのは、気になる事実を記録し、判断できる人や機関につなぐことです。

異変に気づくきっかけと記録の取り方

管理会社が異変に気づくきっかけは、日々の連絡の中にあります。たとえば次のようなことです。

  • これまで遅れたことのない家賃の支払いが、急に乱れる
  • 同じ内容の問い合わせが、短い間に何度も来る
  • 鍵の紛失や閉め出しの連絡が続く
  • 郵便受けに郵便物がたまっている
  • ゴミ出しの曜日や分別が、以前と比べて大きく乱れる
  • 近隣から、夜間の物音や、部屋を間違えて訪ねてくるといった相談がある

どれも認知症によるものと決めつける材料にはなりません。体調の変化や生活の事情など、ほかの理由も考えられます。大切なのは、日時、誰から、どんな事実があったか、どう対応したかを、感想を交えずに記録することです。後で家族や地域包括支援センター、成年後見人に状況を説明するときに、事実の記録が役に立ちます。

火の不始末や、真冬・真夏に部屋の中で動けなくなっているおそれなど、命に関わる危険があるときは、記録より先に119番や110番に連絡します。

家族・緊急連絡先への連絡と個人情報

最初の連絡先は、契約書に書かれた緊急連絡先や連帯保証人です。ここで気をつけたいのが、個人情報の扱いです。

個人情報保護法27条1項は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供することを原則として禁じています。そのうえで、例外として、人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき(同項2号)を挙げています。

  • まずは本人に、ご家族や支援機関に相談してよいかを聞き、同意を得ることを基本にします。
  • 本人の状態から同意を得ることが難しく、本人の生命や財産を守るために必要なときは、27条1項2号の例外にあたるかを検討します。
  • 伝える内容は、必要な範囲にとどめます。他の入居者からの相談内容を、相談者が分かる形で伝えることは避けます。
  • いつ、誰に、何を、なぜ伝えたかを記録します。

緊急連絡先に連絡がつかない場合は、連帯保証人、家賃債務保証会社にも状況を伝え、次に説明する地域包括支援センターへの相談を並行して進めます。

地域包括支援センターにつなぐ

地域包括支援センターは、介護保険法115条の46にもとづく施設で、地域住民の心身の健康の保持と生活の安定のために必要な援助を行い、保健医療の向上と福祉の増進を包括的に支援することを目的としています。市町村が設置するほか、市町村から委託を受けた法人が設置する場合もあります。厚生労働省は、センターの役割として総合相談、権利擁護、地域の支援体制づくり、介護予防の必要な援助などを挙げています。

家族と連絡が取れない、家族が遠方で動けない、本人が支援を受けていないように見える、といった場合は、物件の所在地を担当するセンターに相談します。担当の区域は市区町村に確認します。

相談するときに伝える内容の例

項目伝え方の例
相談者管理会社名、担当者名、折り返しの連絡先
対象の方物件の住所、部屋番号、氏名、分かる範囲の年齢、単身かどうか
気になる事実記録した日時と事実。推測や病名は書かない
連絡状況緊急連絡先・家族への連絡の結果
急ぎの度合い命や生活に関わる危険があるかどうか

センターに相談したあとも、契約上の手続き(家賃、更新、解約)は管理会社と貸主が進めるものです。センターに任せきりにせず、役割を分けて連絡を取り合います。

成年後見制度と日常生活自立支援事業

成年後見制度には、家庭裁判所が審判をする法定後見(後見・保佐・補助)と、本人が判断能力のあるうちに公正証書で契約しておく任意後見があります。法務省のQ&Aや、厚生労働省の「成年後見はやわかり」で制度の全体像を確認できます。

誰が申立てをできるか

後見開始の審判を請求できるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官などです(民法7条)。管理会社や貸主は含まれていません。身寄りがない、親族が申立てをしないといった場合に備えて、老人福祉法32条は、65歳以上の者について、その福祉を図るため特に必要があると認めるときは、市町村長が審判の請求をできると定めています。

管理会社の役割は、申立てをすることではなく、家族や地域包括支援センター、市区町村に状況を伝え、申立てが必要かどうかを判断できる人につなぐことです。審判が出るまでには時間がかかることがあります。その間の家賃の支払いや連絡の窓口をどうするかは、家族、保証会社、貸主と相談しておきます。

日常生活自立支援事業

判断能力が不十分な方が地域で暮らし続けられるよう、都道府県・指定都市の社会福祉協議会が実施している事業です。厚生労働省の説明では、福祉サービスの利用援助や、預金の払い戻しなどの日常的な金銭管理を支援の内容としています。相談の窓口は市区町村の社会福祉協議会です。家賃の支払いが乱れている入居者について、家族や地域包括支援センターと話すときに、選択肢の1つとして知っておくと役に立ちます。

更新・解約・施設入所に伴う退去

更新の手続き

普通借家契約の更新で、本人の署名が必要な書類がある場合、本人の理解が難しそうであれば、家族や成年後見人と相談しながら進めます。本人の状態が分からないまま署名だけをもらうことは避けます。

施設入所に伴う解約

本人が施設に入所し、部屋を引き払う場合、解約の意思表示を誰がするかが問題になります。

  • 本人に意思能力があれば、本人が解約の手続きをします。家族が手伝う場合も、本人の意思を確認します。
  • 成年後見人がいる場合、本人の居住用建物の賃貸借を解除するには家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。許可が出るまで解約が成立しない前提で、家賃と明け渡しの日程を相談します。
  • 本人に意思能力がなく、成年後見人もいない場合、家族というだけでは本人に代わって解約する権限はありません。成年後見制度の利用を家族や市区町村と相談します。

家財の扱い

退去時に残された家財は本人の財産です。家族の了解だけで処分を進めると、後で本人や成年後見人との間で問題になることがあります。成年後見人がいる場合は後見人と、いない場合は本人と家族の両方の意向を確認し、処分した物の一覧と写真を残します。

入居中に亡くなった場合に備える仕組みとしては、国土交通省と法務省の「残置物の処理等に関するモデル契約条項」があります。入居時に入居者本人と受任者の間で委任契約を結ぶもので、本人に意思能力があるうちに結んでおく必要があります。

近隣からの相談への対応

夜間の物音、共用部分の使い方、部屋の間違いなどについて、近隣から相談が来ることがあります。対応の原則は、事実を聞き取り、本人の病名や家族の事情を他の入居者に伝えないことです。

  1. 相談者から、日時と具体的な事実を聞き取ります。
  2. 本人や家族に、事実として起きていることを伝え、対応を相談します。
  3. 相談者には「確認して対応を進めています」と伝え、本人の個人的な事情は話しません。
  4. 火の不始末やガス漏れのおそれなど、建物全体の安全に関わる場合は、消防や警察、地域包括支援センターに早めに相談します。

苦情が続くからといって、すぐに契約の解除を考えるのは早すぎます。解除が認められるかどうかは、個別の事情によって判断されます。まずは支援の体制を整えることを優先し、解除を検討する場合は弁護士に相談します。

入居中からできる備え

  • 緊急連絡先は、更新のたびに連絡がつくかを確認します。
  • 高齢の単身の入居者には、入居時に、困ったときの相談先として地域包括支援センターがあることを案内しておきます。
  • 本人の判断能力があるうちに、任意後見やモデル契約条項について、家族と話してもらうきっかけをつくります。
  • 2025年10月に施行された改正住宅セーフティネット法の居住サポート住宅(居住支援法人等が安否確認、見守り、福祉サービスへのつなぎを行う住宅)など、地域の支援の仕組みを調べておきます。
  • 家賃債務保証会社の契約で、入居者の状態の変化を伝えたときの対応を確認しておきます。

ウルスタくんの物件・入居者の管理では、入居者ごとの契約情報と連絡先をまとめて管理できます。対応の記録は、日時と事実を同じ場所に残すようにしておくと、担当者が変わっても経緯をたどれます。

筆者は自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を自主管理しています。高齢の入居者の変化に気づくのは、日々の家賃や問い合わせのやり取りの中です。気づいたときに誰に何をつなぐかを決めておくことが、本人にとっても貸主にとっても負担を小さくします。

よくある質問

Q1. 認知症と診断された入居者との賃貸借契約は無効になりますか。

診断を受けたことだけで、すでに結んでいる契約が無効になるわけではありません。民法3条の2で無効になるのは、意思表示をした時に意思能力がなかった法律行為です。今後の更新や解約などの手続きは、本人の状態を踏まえ、家族や成年後見人と相談しながら進めます。

Q2. 管理会社が成年後見の申立てをすることはできますか。

民法7条で後見開始の審判を請求できるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官などで、管理会社は含まれていません。65歳以上の方で特に必要があるときは、老人福祉法32条により市町村長が請求できます。管理会社は、地域包括支援センターや市区町村に状況を伝える役割を担います。

Q3. 本人の同意なく家族や地域包括支援センターに状況を伝えてもよいですか。

本人の同意を得ることが基本です。同意を得ることが難しく、本人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合は、個人情報保護法27条1項2号の例外にあたるかを検討します。伝える内容は必要な範囲にとどめ、経緯を記録します。

Q4. 施設に入った入居者の部屋を、家族の申出で解約できますか。

家族であっても、本人に代わって解約する権限があるとは限りません。本人に意思能力があれば本人の意思を確認し、成年後見人がいれば後見人と手続きをします。後見人が本人の居住用建物の賃貸借を解除するには家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。

出典(本文で参照している資料)

この記事は2026年10月7日時点の情報です。

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