賃貸管理の問い合わせ対応に生成AIやチャットボットを使うなら、入力する個人情報の扱い、回答の誤りを人が確かめる仕組み、宅地建物取引士にしかできない業務との線引きの3つを、使い始める前に決めておく必要があります。個人情報保護委員会は2023年6月2日に生成AIサービスの利用に関する注意喚起を出し、総務省と経済産業省は「AI事業者ガイドライン」(最新は2026年3月31日公表の第1.2版)で、事業でAIを使う会社を「AI利用者」と位置づけています。この記事では、これらの資料と宅建業法をもとに、管理会社が押さえておく点を整理します。
先に結論
- 個人情報を入れる前に、サービスの条件を確かめます。個人情報保護委員会は、入力した個人データが応答の出力以外の目的で扱われる場合、個人情報保護法に違反する可能性があると注意を促しています。
- AIの回答は誤ることがあります。家賃、契約条件、費用の負担など、間違えると困る回答は人が確かめてから出します。
- 重要事項説明はAIに任せられません。宅建業法35条1項は、宅地建物取引士に説明させることを求めています。
- AIが作った物件案内も、会社の広告や表示として扱います。誇大広告の禁止(宅建業法32条)や、おとり広告の禁止(不動産の表示に関する公正競争規約21条)が当てはまる前提で運用します。
- 緊急の連絡は人につなぎます。漏水や鍵のトラブルなど急ぐ連絡は、AIの回答で終わらせず、人が対応する窓口に回す設計にします。
国の資料で押さえる前提
個人情報保護委員会の注意喚起(2023年6月2日)
個人情報保護委員会は「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で、個人情報取扱事業者に向けて次の2点を示しています。
① 個人情報取扱事業者が生成 AI サービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された当該個人情報の利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること。
② 個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ることなく生成 AI サービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、当該個人情報取扱事業者は個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある。
②については、そうした入力を行う場合には、生成AIサービスを提供する事業者が入力された個人データを機械学習に利用しないことなどを十分に確認するよう求めています。また、一般の利用者向けの注意として、生成AIサービスの応答結果には不正確な内容が含まれることがある、とも書かれています。
AI事業者ガイドライン(第1.2版)
総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン」は、AIに関わる事業者を「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」に分けています。AI利用者は「事業活動において、AIシステム又はAIサービスを利用する事業者」で、問い合わせ対応にAIのサービスを使う管理会社はここに当たります。
ガイドラインはAI利用者が取り組む事項として、安全を考慮した適正な利用、入力データやプロンプトに含まれるバイアスへの配慮、個人情報の不適切な入力とプライバシー侵害への対策、セキュリティ対策、関係者への情報提供と説明、提供された文書の活用と規約の遵守などを挙げています。なお、このガイドラインは法的な拘束力を持たない「ソフトロー」と位置づけられています。守らないと直ちに違法になるものではありませんが、社内ルールを作るときの土台として使えます。
個人情報を入力するときのルール
管理会社が扱う入居者やオーナーの情報は、個人情報保護法の対象です。あわせて、宅建業法45条と賃貸住宅管理業法21条は、業務上知った秘密を正当な理由なく漏らしてはならないと定めています。生成AIに情報を入力するときは、次の条文を意識します。
| 条文 | 内容 | AIを使うときの確認点 |
|---|---|---|
| 個人情報保護法18条1項 | 本人の同意なく、利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を扱わない | 入力する目的が、公表している利用目的の範囲内か |
| 個人情報保護法23条 | 個人データの漏えいなどを防ぐ安全管理措置を講じる | アカウントの管理、入力できる人の範囲、ログの保存場所 |
| 個人情報保護法25条 | 個人データの取扱いを委託するときは、委託先を監督する | サービス提供者の契約条件、データの扱いの確認 |
| 個人情報保護法27条1項 | 本人の同意なく個人データを第三者に提供しない | 入力した内容が提供者の学習などに使われないか |
| 宅建業法45条、賃貸住宅管理業法21条 | 業務上知った秘密を正当な理由なく漏らさない | 入居者の事情や滞納の状況などを、そのまま入力していないか |
入力してよい情報を決めておく
実務では、「入力してよい情報」と「入力しない情報」を社内で決めておくのが分かりやすい方法です。
- 入力してよい例:募集中の物件の公開情報、設備の一般的な使い方、社内で作った回答の雛形
- 入力しない例:入居者の氏名や電話番号、滞納の状況、審査の結果、オーナーの口座情報、トラブルの相手方の情報
文面の下書きをAIに作らせるときも、氏名や部屋番号を伏せた形で入力し、最後に人が差し込む運用にすると、入力の範囲を絞れます。
サービスの条件を確かめる
使うサービスの利用規約や設定で、入力した内容が機械学習に使われるか、どこにどれだけの期間保存されるか、学習に使わない設定ができるかを確認します。無料版と法人向けの契約で条件が違うこともあるため、社員が個人のアカウントで業務の情報を入力しないルールも決めておきます。
AIに任せない業務の線引き
AIが役立つのは、よくある質問への一次回答、文面の下書き、問い合わせ内容の整理などです。一方で、法律で担い手が決まっている業務や、会社として判断が必要な業務は、人が担います。
| 業務 | AIの使い方の例 | 人が担うところ |
|---|---|---|
| 重要事項説明 | 説明の前に読む資料の案内 | 宅地建物取引士が書面を渡して説明し、取引士証を示す(宅建業法35条1項・4項) |
| 契約書の作成 | 記入漏れの確認の補助 | 37条書面への宅地建物取引士の記名(37条3項)と内容の確認 |
| 家賃や条件の交渉 | 問い合わせ内容の整理 | オーナーへの確認と、条件の回答 |
| 入居審査 | 必要書類の案内 | 審査の判断と、結果の連絡 |
| 退去時の精算 | 手続きの流れの案内 | 費用の負担の判断と金額の提示 |
| オーナーへの報告 | 報告書の下書き | 管理業務報告書の内容の確認と説明(賃貸住宅管理業法20条) |
線引きの考え方は単純で、「間違えたときに入居者やオーナーに損が出る回答」は人が確かめてから出す、というものです。AIの一次回答で答えられない質問は、担当者につなぐ旨を返す設計にしておきます。
物件案内と広告表示の注意
AIに物件の案内文を作らせたり、チャットで空室を答えさせたりする場合、その内容は会社の広告や表示として扱われると考えて運用します。
宅建業法32条は、広告で物件の所在、規模、形質、環境、交通などの利便、代金や借賃などについて、著しく事実に相違する表示や、実際のものより著しく優良・有利であると誤認させる表示を禁じています。AIが「駅近」「日当たり良好」などの言葉を事実と関係なく足してしまうことがあるため、案内文は物件の資料と照らし合わせてから出します。
不動産の表示に関する公正競争規約21条は、次の3つをおとり広告として禁じています。
- 物件が存在しないため、実際には取引することができない物件に関する表示
- 物件は存在するが、実際には取引の対象となり得ない物件に関する表示
- 物件は存在するが、実際には取引する意思がない物件に関する表示
国土交通省も2023年1月12日の通知「いわゆる『おとり広告』等の禁止の徹底について」(国不動指第80号、各業界団体の長あて)で、宅建業法32条、景品表示法5条3号、公正競争規約21条を挙げて、おとり広告の禁止の徹底を求めています。AIに空室を答えさせるなら、参照させる物件データを募集中のものだけに絞り、成約したらすぐ外す運用が欠かせません。
緊急の連絡への備え
入居者からの連絡には、漏水、ガスのにおい、火災報知器の作動、鍵の紛失など、急いで人が動く必要があるものがあります。AIやチャットボットで受け付ける場合も、次の点を決めておきます。
- 緊急と判断する言葉や状況を決め、該当したら電話番号や担当者への連絡方法をすぐに示す
- ガスのにおいや火災のおそれなど、命に関わる連絡では、ガス会社や消防への連絡を先に案内する
- 夜間や休日に誰が対応するかを決め、チャットの画面にも書いておく
- AIが判断に迷った連絡は、緊急の側に倒して人につなぐ
AIの一次受付は、人が動くまでの時間を短くするためのもので、人の対応の代わりではありません。
入居者とオーナーへの説明
AI事業者ガイドラインは、AI利用者が関係者へ情報を提供し、説明することを求めています。問い合わせ対応にAIを使うなら、次の点を入居者とオーナーに示しておきます。
- チャットの相手がAIであること
- AIの回答は参考で、契約条件や費用は担当者が確定すること
- 人の担当者につなぐ方法と、対応できる時間
- 入力された情報をどう扱うか(プライバシーポリシーでの説明)
オーナーに対しては、管理受託契約の重要事項説明や報告の場で、問い合わせの受付にどのような仕組みを使っているかを説明しておくと、トラブルのときに話が早くなります。
使い始める前に決めておくこと
- AIに任せる業務と、人が担う業務の一覧
- 入力してよい情報と、入力しない情報
- 使うサービスの契約条件(学習への利用、保存期間、保存場所)
- 使ってよいアカウントと、使える社員の範囲
- AIが参照する物件データの更新の手順(成約したら外す)
- 緊急の連絡を人につなぐ条件と連絡先
- 回答の誤りに気づいたときの訂正と、入居者への連絡の手順
- 入居者とオーナーへの説明の文面
このテーマの全体像は「不動産CRM完全ガイド|6サービス比較と導入手順」にまとめています。
よくある質問
Q1. 無料の生成AIに入居者の名前を入れて、文面を作らせてもよいですか?
避けたほうが安全です。個人情報保護委員会は、入力した個人データが応答の出力以外の目的で扱われる場合、個人情報保護法に違反する可能性があると注意を促しています。名前や部屋番号を伏せて下書きを作らせ、最後に人が差し込む方法にします。
Q2. AIに重要事項説明をさせることはできますか?
できません。宅建業法35条1項は、宅地建物取引士に書面を渡して説明させることを求めています。説明のときには宅地建物取引士証を示す必要もあります(35条4項)。
Q3. AIが間違った案内をしたら、誰の責任になりますか?
個別の事情によるため一概には言えませんが、入居者から見れば、会社の窓口が出した回答です。会社の回答として扱われる前提で、間違えると困る回答は人が確かめる運用にしておきます。誤りに気づいたら、早く訂正して連絡します。
Q4. AI事業者ガイドラインに従わないと違法になりますか?
ガイドラインは法的な拘束力を持たないソフトローと位置づけられています。ただし、個人情報保護法や宅建業法などの法律は別に適用されます。ガイドラインは社内ルールを作るときの土台として使えます。
Q5. チャットボットで内見の予約を受け付けてもよいですか?
受け付け自体は問題になりにくい使い方です。ただし、成約済みの物件の予約を受けてしまわないよう、物件データを最新に保つ必要があります。予約の確定は担当者が行い、入居者に確定の連絡をする流れにしておくと安心です。
出典(本文で参照している資料)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2023年6月2日)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(PDF)
- 総務省「AI事業者ガイドライン」掲載ページ
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(18条、23条、25条、27条)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」(32条、35条、37条、45条)
- e-Gov法令検索「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」(20条、21条)
- 国土交通省「いわゆる『おとり広告』等の禁止の徹底について」(2023年1月12日 国不動指第80号)
- 不動産公正取引協議会連合会「不動産の表示に関する公正競争規約」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。