不動産会社の社内研修そのものを一律に義務づける条文はありませんが、宅建業法31条の2は従業者への教育を努力義務とし、個人情報保護法は従業者の監督を、犯罪収益移転防止法は教育訓練の実施を求めています。研修は「年に1回やったかどうか」ではなく、法令ごとに何を教え、誰が受け、理解できたかを記録する形にすると、実務で使えるものになります。この記事では、根拠になる条文、教えるべき内容、年間計画の組み方と記録の残し方を整理します。
研修に関係する法令の一覧
不動産会社の研修に関係する規定は、宅地建物取引業法(宅建業法)だけでなく、個人情報保護法、犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)、賃貸住宅管理業法にも散らばっています。まず一覧にします。
| 法令・条文 | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 宅建業法31条の2 | 宅建業者 | 従業者に対し、その業務を適正に実施させるため、必要な教育を行うよう努めなければならない |
| 宅建業法15条の3 | 宅地建物取引士 | 宅地または建物の取引に係る事務に必要な知識及び能力の維持向上に努めなければならない |
| 宅建業法22条の2・22条の3 | 宅地建物取引士 | 宅建士証の交付・更新の申請前6か月以内に、都道府県知事が指定する講習を受ける(試験合格後1年以内の交付などの例外あり)。宅建士証の有効期間は5年 |
| 宅建業法64条の3・64条の6 | 宅地建物取引業保証協会 | 宅建士その他宅建業の業務に従事し、または従事しようとする者に対する研修を実施しなければならない |
| 個人情報保護法23条 | 個人情報取扱事業者 | 個人データの漏えい、滅失または毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない |
| 個人情報保護法24条 | 個人情報取扱事業者 | 従業者に個人データを取り扱わせるに当たり、必要かつ適切な監督を行わなければならない |
| 犯収法11条1号 | 特定事業者(宅建業者を含む) | 取引時確認等の措置を的確に行うため、使用人に対する教育訓練の実施などの措置を講ずるように努めなければならない |
個人情報保護委員会の「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」は、23条の安全管理措置の内容として、組織的、人的、物理的、技術的な安全管理措置などを示しています。このうち人的安全管理措置には、個人データの扱いについての従業者への教育が含まれます。
義務か努力義務か
条文の書き方で、求められている強さが違います。
- 努力義務:宅建業法31条の2(従業者の教育)、15条の3(宅建士の知識・能力の維持向上)、犯収法11条(教育訓練の実施など)は、「努めなければならない」という書き方です。
- 義務:個人情報保護法23条(安全管理措置)、24条(従業者の監督)は「講じなければならない」「行わなければならない」という書き方です。教育の方法は事業者に任されていますが、従業者に個人データを扱わせる以上、何らかの監督と教育が必要になります。
- 講習の受講:宅建士証の交付・更新のときの法定講習は、宅建士個人が受けるものです。会社の従業者全員が対象ではありません。
努力義務だから何もしなくてよい、ということにはなりません。宅建業法65条は、法律の規定に違反した宅建業者に対し、国土交通大臣または都道府県知事が必要な指示をし、一定の場合は1年以内の業務停止を命じることができると定めています。研修は、こうした違反を防ぐための仕組みの1つです。研修を行っていても、違反が起きれば処分の対象になり得るので、研修の中身が実際の業務と結びついているかが大切です。
研修で扱うべきテーマ
宅建業者の業務で違反につながりやすい規定を中心に、テーマを決めます。条文番号を資料に書いておくと、受講者が後から自分で確かめられます。
| テーマ | 主な条文 | 研修で確かめたいこと |
|---|---|---|
| 重要事項説明 | 宅建業法35条 | 説明は宅建士が行い、宅建士証を提示すること。説明書への記名。IT重説の進め方 |
| 説明・勧誘の禁止事項 | 宅建業法47条 | 重要な事項について故意に事実を告げない、または不実のことを告げる行為の禁止。不当に高額の報酬の要求の禁止 |
| 広告 | 宅建業法32条 | 所在、規模、形質、利用の制限、環境、交通、代金・借賃などについて、著しく事実に相違する表示や、著しく優良・有利と誤認させる表示の禁止 |
| 守秘義務 | 宅建業法45条、75条の3 | 業務上知った秘密を正当な理由なく漏らさない。従業者も同じで、宅建業の業務を補助しなくなった後も続く |
| 従業者証明書・従業者名簿 | 宅建業法48条 | 証明書を携帯させなければ業務に従事させられない。取引の関係者から請求があれば提示 |
| 個人データの扱い | 個人情報保護法23条、24条、26条 | 持ち出し、送信先の誤り、権限の管理。漏えい等が起きたときの社内報告の流れと、委員会への報告・本人への通知が必要な場合 |
| 取引時確認 | 犯収法4条、6条、8条 | 宅地・建物の売買契約の締結またはその代理・媒介での取引時確認、確認記録の7年間の保存、疑わしい取引の届出 |
| 管理業務(管理業を営む場合) | 賃貸住宅管理業法16条、17条、20条、21条 | 家賃などの分別管理、従業者証明書、委託者への定期報告、秘密を守る義務 |
犯収法の取引時確認の対象について、国土交通省は、宅地・建物の売買契約の締結またはその代理・媒介を行う取引を特定取引として説明しています。賃貸の媒介だけを行う会社と、売買を扱う会社とでは、研修で重みを置くところが変わります。国土交通省は「宅地建物取引業におけるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与・拡散金融対策に関するガイドライン」も公表しているので、売買を扱う会社は研修資料の根拠として使えます。
年間計画の組み方(手順の例)
ここからは、法令で決まっている内容ではなく、計画を作るときの手順の例です。会社の規模や扱う取引に合わせて変えてください。
手順1 自社の業務と法令を対応させる
売買の媒介、賃貸の媒介、賃貸管理、自社物件の売買など、自社が行っている業務を書き出し、それぞれに関係する条文を上の表から選びます。扱っていない業務のテーマは、優先度を下げます。
手順2 年に数回に分けて配置する
1回にすべてを詰め込むより、テーマを分けて年に数回行うほうが、内容が業務に結びつきやすくなります。たとえば次のような分け方が考えられます。
| 回 | テーマの例 | 使う資料の例 |
|---|---|---|
| 1回目 | 重要事項説明と説明・勧誘の禁止事項 | 自社の重要事項説明書のひな形、宅建業法35条・47条 |
| 2回目 | 個人データの扱いと漏えい時の対応 | 個人情報保護委員会のガイドライン、社内の取扱規程 |
| 3回目 | 広告の表示と取引時確認 | 自社の過去の広告、宅建業法32条、国土交通省の犯収法関係資料 |
| 4回目 | 法令改正の確認と1年の振り返り | 国土交通省「最近の宅地建物取引業法令の改正について」 |
手順3 入社時の研修を別に用意する
年間の研修とは別に、入社したときに最低限知っておくべきこと(守秘義務、従業者証明書の携帯、個人データの扱い、困ったときの相談先)を短くまとめておきます。年の途中で入った人が、次の研修まで何も知らないまま業務に就くことを防げます。
手順4 社内で起きたことを教材にする
苦情や手続きの誤りが起きたときは、個人が特定されない形にして、何が起き、どの条文に関係し、どう防ぐかを次の研修で取り上げます。一般論の講義より、自社の書類や手順に引きつけたほうが、受講者が明日の業務で使えます。
研修の形式と理解の確かめ方
個人情報保護委員会のQ&A(Q10-14)は、「従業者の教育」としての研修は、全従業者を対象とした講義形式に限られず、部署ごとの責任者による講話、eラーニング、疑似体験型の訓練なども考えられ、事業の規模・性質や個人データの取扱状況に応じて選ぶものだと説明しています。
形式を選ぶときは、次の点を意識すると、研修が「聞いただけ」で終わりにくくなります。
- 自社の書類を使う:重要事項説明書のひな形や過去の広告を実際に見ながら、どこを確認すべきかを話し合います。
- 短い確認問題を入れる:条文を暗記させるのではなく、「この場面で何をするか」を問う問題にします。点数は人の評価ではなく、説明が足りなかったところを見つけるために使います。
- ロールプレイ:重要事項説明や、取引時確認で必要な書類を顧客に案内する場面を、2人1組で練習します。
- 欠席者への対応を決めておく:資料と確認問題を後から渡し、受けた日を記録します。
記録の残し方
研修は、実施したことと中身を後から確かめられる形で残しておくことが大切です。個人情報保護法24条の従業者の監督や、犯収法11条の措置を講じていることを説明するときにも、記録が根拠になります。
| 記録する項目 | 書き方の例 |
|---|---|
| 実施日と形式 | ○月○日、社内講義60分(またはeラーニング) |
| テーマと根拠 | 重要事項説明(宅建業法35条)、使った資料の名前と版 |
| 対象者と受講者 | 対象者の一覧と、受講した人・欠席した人 |
| 理解の確認 | 確認問題の実施の有無と、説明を補った点 |
| 欠席者のフォロー | 資料を渡した日、確認問題を受けた日 |
| 次回への持ち越し | 質問が多かった点、手順書の見直しが必要な点 |
記録の様式は凝ったものでなくてかまいません。表計算ソフト1枚で、毎回同じ項目を埋めていくほうが続きます。研修の資料と記録は同じ場所に保存し、法令改正で資料を直したときは版と日付を書き換えます。
法定講習・保証協会の研修との関係
宅建業法64条の6は、宅地建物取引業保証協会に、一定の課程を定めて、宅建士の職務に関し必要な知識・能力についての研修や、宅建業の業務に従事する者などに対する研修を実施することを求めています。加入している保証協会の研修は、社内研修の一部として使えます。
ただし、外部の研修は一般的な内容になりやすく、自社の書類や手順には踏み込めません。外部研修で聞いた内容を、社内で「自社の重要事項説明書ではどこにあたるか」に置き換える回を設けると、受講した内容が業務に結びつきます。宅建士の法定講習も同じで、受講した宅建士が要点を社内で共有する機会を作ると、宅建士以外の従業者にも知識が届きます。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 研修をしていないと、それだけで処分を受けますか?
宅建業法31条の2は「努めなければならない」という努力義務の規定です。一方で、個人情報保護法24条の従業者の監督は義務の規定で、教育はその重要な手段です。また、研修が足りずに重要事項説明や広告で違反が起きれば、宅建業法65条などによる処分の対象になり得ます。研修の有無だけでなく、違反を防げているかで考えてください。
Q2. 賃貸の媒介だけを行う会社でも、犯収法の研修は必要ですか?
国土交通省の説明では、宅建業者の特定取引は宅地・建物の売買契約の締結またはその代理・媒介を行う取引です。賃貸の媒介だけであれば取引時確認の場面は少なくなります。ただし、将来売買を扱う可能性がある場合や、管理物件の売却相談を受ける場合に備えて、概要だけは共有しておくと安全です。
Q3. eラーニングだけでもよいですか?
個人情報保護委員会のQ&Aは、研修の形式は講義形式に限られず、eラーニングなども考えられるとしています。形式よりも、自社の業務に合った内容か、理解を確かめているか、記録が残っているかが大切です。
Q4. 宅建士が法定講習を受けていれば、社内研修はいりませんか?
法定講習は、宅建士証の交付・更新のために宅建士個人が受ける講習で、宅建士以外の従業者は対象ではありません。宅建業法31条の2の教育の対象は従業者全体なので、社内研修は別に考える必要があります。
出典(本文で参照している資料)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」(第15条の3、第22条の2、第22条の3、第31条の2、第32条、第35条、第45条、第47条、第48条、第64条の3、第64条の6、第65条、第75条の3)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(第23条、第24条、第26条)
- e-Gov法令検索「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(第4条、第6条、第8条、第11条)
- e-Gov法令検索「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」(第16条、第17条、第20条、第21条)
- 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」
- 個人情報保護委員会「Q10-14 従業者の教育としての研修の形式」
- 国土交通省「犯罪収益移転防止法における宅地建物取引業者の義務」
- 国土交通省「宅地建物取引業におけるマネー・ローンダリング及びテロ資金供与・拡散金融対策に関するガイドライン」
- 国土交通省「最近の宅地建物取引業法令の改正について」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。