生成AIは文章の下書き、要約、言い換えに向いていますが、重要事項説明、利益や価格の判断、広告表示の確定のように法律で責任の所在が決まっている業務は、人が判断して確かめる必要があります。この記事では、不動産会社の業務を「生成AIを使える場面」と「任せない場面」に分け、宅地建物取引業法、個人情報保護法、個人情報保護委員会の注意喚起、総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」をもとに、導入するときのルールの作り方を整理します。
生成AIが得意なこと・苦手なこと
生成AIは、渡された材料をもとに文章を組み立てる、長い文章を短くまとめる、言い方を変える、箇条書きを表の形に整える、といった作業が得意です。不動産会社の仕事には、問い合わせへの返信、物件の紹介文、社内の手順書、会議のメモなど、この種の作業が多くあります。
一方で、苦手なこともはっきりしています。個人情報保護委員会は、生成AIサービスの一般の利用者に向けて、不正確な内容が出力されるリスクがあることを挙げています。最新の空室状況、物件ごとの法令上の制限、地域の相場など、事実を正確に答えることは生成AIに期待しないほうが安全です。もっともらしい文章で誤りを書くことがあるため、事実の部分は人が一次資料で確かめる、という役割分担が基本になります。
生成AIを使える場面
次の表は、生成AIを使いやすい業務と、使うときに人が確かめることの例です。いずれも「下書きを作るところまでをAIに任せ、確定は人が行う」形を前提にしています。
| 業務 | 使い方の例 | 人が確かめること |
|---|---|---|
| 問い合わせへの返信 | 返信文の下書き、言い回しの調整 | 空室状況や条件などの事実、送信前の内容 |
| 物件の紹介文 | 設備の一覧から紹介文の案を作る | 事実と違う表現、実際より優良と誤解させる表現がないか |
| 社内の手順書 | 手順のメモを読みやすく整える | 実際の手順と合っているか |
| 会議・打ち合わせのメモ | 個人情報を除いたメモの要約 | 決定事項と期限が正しいか |
| 法令や制度の調べ物の入口 | 論点の洗い出し、関係しそうな法令名の候補 | e-Govなどの原文で条文を確かめる |
| 外国語での案内の下書き | ゴミ出しや設備の使い方の案内の翻訳案 | 意味が変わっていないか。契約に関わる書類は別に確認する |
| 表計算 | 集計の式や手順の案 | 計算結果を検算する |
問い合わせへの返信の進め方は、問い合わせへの返答時間の記事で整理しています。物件の紹介文や募集図面の表示ルールは、マイソクから内見予約までの流れの記事を参考にしてください。
生成AIに任せない場面
法律が「誰が行うか」「何をしてはならないか」を定めている業務は、生成AIの出力をそのまま使えません。代表的なものを挙げます。
重要事項説明(宅建業法35条)
宅建業法35条1項は、契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士に書面を交付して説明させることを求めています。説明のときは宅建士証の提示(4項)、書面には宅建士の記名(5項)が必要です。書面の下書きに生成AIを使っても、記載内容の確認と説明は宅建士の仕事です。詳しくは重要事項説明書の作成で生成AIを使うときの注意点で整理しています。
利益や将来の価格の断定(宅建業法47条の2)
宅建業法47条の2第1項は、契約の締結の勧誘をするときに、相手方に「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供する行為」を禁じています。生成AIに収支の試算や市場の見通しの文章を書かせると、断定的な言い回しが混ざることがあります。投資用物件の提案やオーナーへの説明に使う文章は、人が表現を確かめてください。
事実と違う説明(宅建業法47条1号)
47条1号は、35条1項の事項や、物件の所在・規模・形質、利用の制限、環境、交通、代金・借賃などで相手方の判断に重要な影響を及ぼす事項について、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為を禁じています。生成AIが補った誤った情報を、確かめずに相手に伝えることがないようにします。
広告表示の確定(宅建業法32条、表示規約)
宅建業法32条は、広告で、物件の所在、規模、形質、利用の制限、環境、交通、代金・借賃などについて、著しく事実に相違する表示や、実際のものよりも著しく優良・有利であると人を誤認させるような表示を禁じています。業界の自主ルールである「不動産の表示に関する公正競争規約」にも、表示すべき事項や使ってはいけない表示が定められています。生成AIが作った紹介文は、掲載前に人が確かめます。
入居審査などの判断
AI事業者ガイドラインは、AIを使う事業者に向けて、入力データやプロンプトに含まれるバイアスへの配慮を求めています。入居審査の可否のように人の生活に関わる判断を生成AIの出力で決めることは避け、判断の基準と判断した人を記録に残します。
入力する情報のルール
個人情報保護委員会は、2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」で、個人情報取扱事業者に次の点を求めています。
- 個人情報を含むプロンプトを入力する場合は、利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること
- 本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、それが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は法違反となるおそれがあるため、サービスを提供する事業者が個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること
個人情報保護法27条1項は、本人の同意を得ない個人データの第三者提供を原則として禁じています。外国にある事業者のサービスを使う場合は、外国にある第三者への提供を定めた28条も関係します。また、宅建業法45条と75条の3は、宅建業者とその従業者に、業務上知り得た秘密を正当な理由なく漏らさない義務を課しています。
実務では、次のようなルールにしておくと判断に迷いにくくなります。
- 入居者・オーナー・買主・売主の氏名、連絡先、勤務先、収入、本人確認書類の内容は入力しない
- 文章の形を整えるだけなら、名前を「入居者A」などに置き換える
- 会社として使うサービスを決め、入力内容が学習に使われるかどうかを規約と設定で確かめる
- 個人のアカウントでの業務利用は認めない
AI事業者ガイドラインで押さえること
総務省と経済産業省は「AI事業者ガイドライン」を公表しています。第1.0版(2024年4月19日)のあと、第1.01版(2024年11月22日)、第1.1版(2025年3月28日)と改訂され、2026年10月7日時点の最新は第1.2版(2026年3月31日)です。
ガイドラインは、AIに関わる事業者を「AI開発者」「AI提供者」「AI利用者」に分けています。AI利用者は「事業活動において、AIシステム又はAIサービスを利用する」事業者と定義されており、生成AIを業務で使う不動産会社はここに当たります。すべての主体に共通する指針として、人間中心、安全性、公平性、プライバシー保護、セキュリティ確保、透明性、アカウンタビリティ、教育・リテラシー、公正競争確保、イノベーションの10項目が示されています。
AI利用者に向けた事項のうち、不動産会社に関係が深いものを挙げます。
| ガイドラインの事項 | 不動産会社での具体例 |
|---|---|
| 安全を考慮した適正利用 | 重要事項説明や広告など、誤りの影響が大きい業務では人の確認を必須にする |
| 入力データ又はプロンプトに含まれるバイアスへの配慮 | 入居審査や顧客の選別にAIの出力を使わない |
| 個人情報の不適切入力及びプライバシー侵害への対策 | 入力禁止の情報を一覧にし、学習に使われない設定を確かめる |
| セキュリティ対策の実施 | アカウントを会社で管理し、退職者のアカウントを止める |
| 関連するステークホルダーへの情報提供・説明 | 顧客から問われたときに、AIをどの業務にどう使っているかを説明できるようにしておく |
| 提供された文書の活用及び規約の遵守 | サービスの利用規約や提供元の注意事項を読み、範囲内で使う |
ガイドラインは法律ではありませんが、社内ルールを作るときの項目の抜けを確かめる材料として使えます。
著作権で気をつけること
著作権法30条の4は、情報解析など、著作物に表現された思想又は感情を享受することを目的としない利用について、必要と認められる限度で著作物を利用できると定めています。ただし、著作権者の利益を不当に害することとなる場合は除かれます。この規定は主にAIの開発や学習の段階に関わるものです。
文化庁が2024年3月に公表した「AIと著作権に関する考え方について」は、生成物を利用する段階での著作権侵害は、既存の著作物との類似性と依拠性で判断されるという考え方を示しています。不動産会社の実務では、他社の募集文や写真を生成AIに入力して似た文章や画像を作らせる使い方は避けてください。また、生成した画像を実際の物件の写真のように使うと、32条の「実際のものよりも著しく優良であると人を誤認させるような表示」につながるおそれがあります。
指示文(プロンプト)の書き方の例
生成AIの出力の質は、渡す材料と指示の書き方で大きく変わります。不動産会社の業務で使いやすい指示文の型を、問い合わせへの返信の下書きを例に示します。氏名などの個人情報は入れず、事実の部分は人が用意した材料だけを使わせるのがポイントです。
| 指示文に入れる要素 | 書き方の例 |
|---|---|
| 役割と目的 | 賃貸物件の問い合わせへの返信文の下書きを作ってください |
| 使ってよい材料 | 次の物件情報だけを使ってください(空室状況、賃料、内見可能日を箇条書きで貼る) |
| してはいけないこと | 材料にない設備や条件を書かないでください。分からない点は「確認して連絡します」と書いてください |
| 文体と長さ | です・ます調で、5文以内にしてください |
| 出力の形 | 件名と本文に分けてください |
「材料にないことは書かない」「分からない点は分からないと書く」と明示しておくと、もっともらしい補足が混ざりにくくなります。それでも誤りがなくなるわけではないため、送信前に人が確かめる工程は残します。よく使う指示文は社内で共有し、良かった例と問題があった例を書き足していくと、担当者ごとのばらつきを抑えられます。
導入の手順の例
- 使う業務を絞る。最初は社内の手順書や返信文の下書きなど、外部に出る前に人が確かめられる業務から始める
- 会社として使うサービスを決め、規約と設定(学習に使われるか、データの保存場所)を確かめる
- 入力しない情報の一覧を作る
- 業務ごとに、出力を確かめる人を決める。重要事項説明に関わる部分は宅建士とする
- どの業務に生成AIを使ったかを記録する方法を決める
- サービスの規約変更やガイドラインの改訂があったときに、ルールを見直す
効果は会社の業務の内容や件数によって大きく変わるため、導入前に「どの業務に、月に何回、何分かかっているか」を書き出しておくと、使い続けるかどうかを判断しやすくなります。
よくある質問
Q1. 無料版の生成AIサービスを業務で使ってもよいですか
使うこと自体を禁じる法律はありませんが、入力した内容が学習に使われる設定のサービスに、個人データや取引上の秘密を入れることは避ける必要があります。会社として規約と設定を確かめたサービスに限って使うのが安全です。
Q2. 生成AIが作った返信文を自動で送信してもよいですか
返信文に空室状況や条件の誤りが混ざると、事実と違う説明や広告と同じ問題になります。送信前に人が内容を確かめる運用をおすすめします。
Q3. 賃料の査定やオーナーへの提案に生成AIを使えますか
公的データや自社の記録を整理する補助には使えますが、数字そのものをAIに作らせることは避けてください。提案の文章では、47条の2の断定的判断の提供に当たる表現がないかを確かめます。市場データの扱い方は市場分析に使える公的データの記事で整理しています。
Q4. AI事業者ガイドラインに従わないと罰則はありますか
ガイドラインは法律ではありません。ただし、個人情報保護法や宅建業法などの法律は、AIを使ったかどうかにかかわらず適用されます。ガイドラインは、それらを守るための社内ルールづくりの材料として使えます。
出典(本文で参照している資料)
- 宅地建物取引業法(e-Gov法令検索)32条、35条、45条、47条、47条の2、75条の3
- 個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)27条、28条
- 著作権法(e-Gov法令検索)30条の4
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2023年6月2日)
- 総務省「AI事業者ガイドライン」(第1.2版、2026年3月31日)
- AI事業者ガイドライン(第1.2版)本編(PDF)
- 文化庁「AIと著作権について」
- 不動産公正取引協議会連合会「公正競争規約の紹介」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。