新人の賃貸管理スタッフを30日で育てるときは、初日に法律で決まった準備(労働条件の明示、従業者証明書、個人情報と秘密の取扱い、安全衛生の教育)を済ませ、そのあとを「見る・手伝う・確認つきで担当する・一人でできるかを確かめる」の4週に分けると進めやすくなります。宅建業法31条の2は、宅建業者に従業者への必要な教育を行う努力義務を定めています。この記事では、根拠となる法令と、日ごとの計画の例を示します。
入社初日までに済ませる法律上の準備
育成の計画より先に、法律で決まっている準備があります。これが済んでいないと、新人を現場に出せないものもあります。
| 準備 | 根拠 | 内容 |
|---|---|---|
| 労働条件の明示 | 労働基準法15条1項、同法施行規則5条 | 契約期間、就業の場所と業務(変更の範囲を含む)、労働時間・休日、賃金、退職に関する事項などを書面で示す |
| 従業者証明書 | 宅建業法48条1項、施行規則17条 | 証明書を携帯させなければ、その者を業務に従事させてはならない。様式は施行規則の別記様式第八号 |
| 従業者名簿 | 宅建業法48条3項、施行規則17条の2 | 事務所ごとの名簿に、氏名、証明書の番号、主たる職務内容、宅建士かどうか、従業者となった年月日などを記載する |
| 賃貸住宅管理業の証明書 | 賃貸住宅管理業法17条 | 賃貸住宅管理業者は、業務に従事する従業者に証明書を携帯させなければ、業務に従事させてはならない |
| 個人データを扱わせるときの監督 | 個人情報保護法24条 | 従業者に個人データを扱わせるときは、安全管理が図られるよう必要かつ適切な監督を行う |
| 雇入れ時の安全衛生教育 | 労働安全衛生法59条1項、労働安全衛生規則35条 | 作業手順、整理整頓、事故時の応急措置及び退避など、従事する業務に必要な事項を遅滞なく教育する |
宅建業法48条2項により、従業者は取引の関係者から請求があったときは証明書を提示しなければなりません。初日の説明で、証明書を常に持ち歩くこと、求められたら見せることを伝えます。
秘密を守る義務も、初日に伝えておきたい内容です。宅建業法75条の3と賃貸住宅管理業法21条2項は、従業者が、正当な理由がある場合でなければ、業務を補助したことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならず、従業者でなくなった後も同様であると定めています。入居者の勤務先や家族構成、オーナーの資産の状況などは、雑談やSNSで話してはいけない情報だと具体例で説明します。
新人に教える範囲と、宅建士にしかできないこと
宅建業法31条の2は、「宅地建物取引業者は、その従業者に対し、その業務を適正に実施させるため、必要な教育を行うよう努めなければならない」と定めています。何をどこまで教えるかは会社に任されていますが、次の線引きは最初に伝えておきます。
- 重要事項の説明は宅建士が行う:宅建業法35条1項により、重要事項の説明は宅地建物取引士にさせる必要があります。説明の際は宅建士証を提示し(4項)、書面には宅建士が記名します(5項)。資格を持たない新人は、説明の準備や同席はできても、説明そのものは担当しません。
- 広告の表示:宅建業法32条は、広告で所在、規模、形質、環境、交通その他の利便、借賃等について、著しく事実に相違する表示や、実際のものよりも著しく優良・有利であると誤認させるような表示を禁じています。募集図面や物件紹介の文章を作るときは、確認者を決めておきます。
- 勧誘のときの禁止事項:宅建業法47条の2は、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断の提供などを禁じています。対象は宅建業者だけでなく、使用人その他の従業者も含まれます。
法令の教え方は、条文を読ませるより、「この場面ではこう言わない」「この書類は誰が確認する」という形にすると、現場で使えます。条文は確認表の欄に書いておき、疑問が出たときに戻れるようにします。
第1週:見る(日ごとの計画)
第1週の目的は、会社の業務の全体像と、安全・情報の扱いのルールを知ってもらうことです。新人が一人で判断する業務は入れません。
| 日 | やること | 確かめること |
|---|---|---|
| 1日目 | 労働条件通知書の確認、従業者証明書の交付、アカウントの発行、秘密保持と個人情報の取扱いの説明、安全衛生の説明 | 証明書の携帯と提示、パスワードの扱い、書類の持ち出しのルールを本人の言葉で説明できるか |
| 2日目 | 管理物件の一覧、オーナーごとの管理受託契約の範囲、協力業者の一覧を読む | 「誰から何を任されているか」を物件ごとに言えるか |
| 3日目 | 電話・メール・問い合わせ対応の同席。受けた内容の記録の書き方と、上長への引き継ぎ方を学ぶ | 自分で答えてよいこと、上長に引き継ぐことの区別がついているか |
| 4日目 | 巡回、内見の準備、退去立会いへの同行。階段や暗所での注意、鍵の受け渡しの手順 | 鍵の管理簿の書き方、現地での安全の注意点を理解しているか |
| 5日目 | 1週間の振り返り面談。分からなかったこと、不安なことを書き出す | 質問を書き出せているか。書き出せない場合は情報が多すぎないか |
1日目に渡すアカウントは、業務に必要な範囲に絞ります。個人情報保護法24条の「必要かつ適切な監督」の考え方からも、入社直後から全物件・全顧客の情報を見られる状態にする必要はありません。担当が増えるのに合わせて広げます。
第2週:手伝う
第2週は、先輩の業務の一部を手伝いながら、書類とお金の流れを覚える週です。
- 書類を読む:賃貸借契約書と重要事項説明書の構成、更新の案内、退去時の精算書を、実際の書類(個人情報を伏せたもの)で読みます。説明の仕方は宅建士が教えます。
- 入金の確認:入金の記録の付け方と、入金がないときに誰が、いつ、どの方法で連絡するかの社内ルールを学びます。連絡そのものは先輩が行い、新人は同席します。
- 修繕の手配:入居者からの不具合の連絡を受けて、協力業者に依頼し、オーナーに報告するまでの流れを、先輩の案件で追います。
- 記録を書く:自分が同席した対応の記録を新人が書き、先輩が確認します。記録の書き方は、後の業務すべての土台になります。
週の終わりに、「一人でできそうなこと」「まだ不安なこと」を本人に書き出してもらい、第3週に任せる業務を一緒に決めます。
第3週:確認つきで担当する
第3週は、少数の業務を新人の担当として持たせます。ただし、外に出す前に先輩が確認する形にします。
- 更新の案内の作成と送付(送付前に先輩が確認)
- 軽微な修繕の手配(協力業者への依頼文を先輩が確認)
- 入居者からの定型的な問い合わせへの回答(回答の型を用意し、型にない場合は引き継ぐ)
- 空室の募集図面の下書き(宅建業法32条の観点で確認者が見る)
この週は、小さな間違いが出るのが普通です。間違いが出たら、本人を責めるのではなく、確認表や手順書のどこが分かりにくかったのかを一緒に直します。手順書が良くなると、次の新人にも役立ちます。
第4週:一人でできるかを確かめる
第4週は、第3週の業務を、確認を少しずつ減らしながら一人で行います。退去立会いなど現地の業務は、先輩が同行したうえで新人が主に進め、精算の判断は上長が行う、という形が考えられます。
30日目の面談では、次の点を本人と確かめます。
- 確認表の項目のうち、一人でできるもの、確認があればできるもの、まだ見ただけのもの
- 次の60日で担当を広げる業務と、その順番
- 労働時間や業務量で、無理が出ていないか
- 宅建士など資格の取得を考えているか。会社の支援の内容
30日で全部をできるようにする必要はありません。「30日で何ができるようになったか」と「次に何を覚えるか」が本人と会社の両方で分かっていることが大事です。
確認表と教える側の準備
確認表の作り方
確認表は、業務ごとに「見た」「確認つきでできた」「一人でできた」の3段階で記録します。各行に、関係する法令や社内ルールを書いておくと、教える人によって内容がばらつくのを防げます。
| 業務の例 | 関係する決まりの例 | 記録 |
|---|---|---|
| 証明書の携帯と提示 | 宅建業法48条1項・2項、賃貸住宅管理業法17条 | 見た/確認つき/一人で |
| 問い合わせの記録と引き継ぎ | 社内ルール | 見た/確認つき/一人で |
| 個人情報を含む書類の扱い | 個人情報保護法23条・24条、社内ルール | 見た/確認つき/一人で |
| 募集図面の作成 | 宅建業法32条 | 見た/確認つき/一人で |
| 重要事項説明の準備 | 宅建業法35条(説明は宅建士) | 見た/確認つき/一人で |
| 修繕の手配と報告 | 管理受託契約、社内ルール | 見た/確認つき/一人で |
教える側の準備
- 教える担当を1人決める。複数の人が違うやり方を教えると、新人は迷います
- 週に1回、業務の進み具合とは別に、困っていることを聞く時間をとる
- 教える担当の業務量を減らしておく。育成を「通常業務の合間」にすると、後回しになりやすくなります
- 新人の質問と回答を記録し、手順書に反映する
つまずきやすい点
- 初日から多くの物件を担当させる
- 座学だけを長く続け、現場を見せない
- 30日の目標を書面にせず、本人も会社も到達点が分からない
- 間違いの原因を手順の側で見直さない
どれも、育成の効果を数字で示せるものではありませんが、計画と記録があれば、次の新人のときに見直す材料になります。
筆者は宅地建物取引士で、自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を管理会社を通さずに自主管理しています。物件ごとの約束事が人の記憶に頼っていると、新しく入った人に教えるのが難しくなるため、情報を1か所に残すことを先に決めておくのがよいと考えています。
ウルスタくんでは、物件・入居者の管理、更新が近い契約の一覧、入金の記録、賃貸借契約書・重要事項説明書など24種の書類を同じ場所で扱えます。新人が2日目に読む「物件の全体像」を用意する場所の1つとして検討してください。
経験者が続けやすい仕組みはベテランスタッフの離職を防ぐ仕組み、協力業者の受け入れ方は協力業者の受入れチェックリストで説明しています。
よくある質問
Q1. 従業者証明書は、アルバイトや役員にも必要ですか。
宅建業法48条1項は「従業者」に証明書を携帯させなければ業務に従事させてはならないと定めています。茨城県の案内では、従業者に代表者を含むと説明されています。雇用形態にかかわらず宅建業の業務に従事する人は対象と考え、扱いに迷う場合は免許権者に確かめてください。
Q2. 宅建士の資格がない新人に、重要事項説明を練習させてもよいですか。
社内での練習は問題ありませんが、実際のお客様への説明は宅建士が行います(宅建業法35条1項)。新人には、書類の準備や同席を通じて流れを覚えてもらうのが現実的です。
Q3. 雇入れ時の安全衛生教育は、事務の仕事でも必要ですか。
労働安全衛生法59条1項は、労働者を雇い入れたときに、従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行うことを事業者に求めています。賃貸管理では、階段や空室での作業、車での移動、夜間の対応などがあるため、現場の業務に合わせた内容を説明します。
Q4. 中途採用の経験者にも30日の計画は必要ですか。
法律上の準備(労働条件の明示、従業者証明書、秘密保持と個人情報の説明)は同じく必要です。業務の計画は、第1週を短くし、会社ごとのルールや物件ごとの約束事を覚えることに重点を置くとよいと思います。
出典(本文で参照している資料)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」(第31条の2・第32条・第35条・第47条の2・第48条・第75条の3)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法施行規則」(第17条・第17条の2)
- e-Gov法令検索「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」(第17条・第21条)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(第23条・第24条)
- e-Gov法令検索「労働基準法」(第15条)
- e-Gov法令検索「労働基準法施行規則」(第5条)
- e-Gov法令検索「労働安全衛生法」(第59条)
- e-Gov法令検索「労働安全衛生規則」(第35条)
- 茨城県「宅地建物取引業に係る業務の適正な運営について」(従業者証明書・従業者名簿)
この記事は2026年10月7日時点の情報です。