制度・法改正 読了 16分

ベテランスタッフの離職を防ぐ仕組み|中小不動産会社の労働条件の明示、役割の見える化、ハラスメント対策と宅建業法の手続き

経験者が辞めにくい会社にするには、給与の額だけでなく、労働条件と役割の先行きを書面で示し、ハラスメントや入居者からの強い言動の相談先を整え、1人に業務が集中しない体制を作ることが土台になります。労働基準法、労働契約法、改正労働施策総合推進法、宅建業法の手続きをもとに整理します。

馬場生悦
宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
ベテランスタッフの離職を防ぐ仕組み|不動産会社の労働条件・役割の見える化・ハラスメント対策
目次

ベテランスタッフの離職を防ぐには、給与の額だけでなく、労働条件と役割の先行きを書面で示し、ハラスメントの相談先を整え、1人に業務が集中しない体制を作ることが土台になります。中小の不動産会社では、経験者が1人辞めるだけで、専任の宅地建物取引士の配置や、オーナー・入居者への対応が止まりかねません。この記事では、労働基準法・労働契約法・労働施策総合推進法と厚生労働省の指針、宅建業法の従業者名簿などの手続きを踏まえて、経験者が辞めにくい仕組みの作り方を整理します。

辞める理由は推測せずに聞く

経験者が辞める理由は、会社ごと、人ごとに違います。「給料が安いからだろう」「若い人の方が辞めやすいだろう」と決めつけて手を打つと、本当の理由を外したまま費用だけがかかります。最初にやることは、今いるスタッフから、続けにくいと感じている点を聞き取ることです。

聞き取りは、評価の面談とは分けて行うほうが本音を聞きやすくなります。評価の場では、本人は不利になりそうな話を避けがちだからです。聞く内容は、次のように具体的にしておくと、答えやすく、記録もしやすくなります。

  • 今の担当業務のうち、負担が大きいと感じるものはどれか
  • 夜間・休日の電話や緊急対応は、どのくらい気になっているか
  • 入居者やオーナー、取引先とのやりとりで、困った場面はあったか
  • 3年後にどんな仕事をしていたいか。そのために会社に求めることは何か
  • 労働時間、休日、賃金の決まり方で、分かりにくい点はないか

答えはその場で否定せず、記録に残します。全部にすぐ応えられなくても、「何を聞いて、何を決めたか」を本人に返すことが、次の面談で話してもらえるかどうかを左右します。

労働条件を書面ではっきりさせる

経験者ほど、口約束の昇給や「そのうち任せる」といった曖昧な話に不安を感じます。まず、法律で決められた範囲の労働条件を、書面でそろえておきます。

労働条件の明示(労働基準法15条)

労働基準法15条1項は、使用者が労働契約の締結に際して、賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないと定めています。明示する事項は労働基準法施行規則5条1項に並んでおり、現在の規定では「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)」も含まれます。契約期間、就業の場所と業務、始業・終業の時刻や休日・休暇、賃金の決定・計算・支払の方法、退職に関する事項などは、書面で交付する方法が原則です(同条3項・4項。本人が希望した場合は電子メール等も可)。

入社のときに渡した労働条件通知書が古いままになっていないか、経験者の分も見直してください。担当が賃貸管理から売買仲介に移った、事務所が変わった、といった変化が書面に反映されていないと、後で認識の違いが生まれます。

就業規則と周知(労働基準法89条・106条)

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければなりません(労働基準法89条)。記載事項には、賃金の決定・計算・支払の方法と昇給に関する事項(2号)、退職に関する事項(3号)、職業訓練に関する定めをする場合はその事項(7号)、表彰及び制裁の定めをする場合はその種類及び程度(9号)が含まれます。就業規則は、掲示や書面の交付などの方法で労働者に周知させる必要があります(106条)。

10人未満の会社には作成・届出の義務はありませんが、昇給の考え方や資格取得の支援、休職の扱いを文書にしておくと、経験者が「この会社で続けたら、どうなるのか」を自分で確かめられるようになります。

制度を変えるときの注意(労働契約法9条・10条)

給与体系や手当を見直すときは、労働契約法の決まりに注意します。使用者は、労働者と合意することなく、就業規則の変更によって労働者の不利益に労働条件を変更することはできません(9条)。例外として、変更後の就業規則を周知させ、変更が、労働者の受ける不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉の状況などに照らして合理的なものであるときに限り、変更後の就業規則によるとされています(10条)。

新しい制度を入れるときに、一部の経験者の手当が下がるような設計になっていないかを確かめ、下がる人がいる場合は、本人と話し合って合意を得る、経過措置を置くといった手順を考えてください。労働契約法3条3項は、労働契約は「仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきもの」としています。

役割と次の段階を見える化する

中小の会社では役職の数が限られるため、「主任の次がない」と感じさせやすくなります。役職を増やすことよりも、役割ごとに「何ができれば次に進むのか」を書き出すほうが、少人数でも運用しやすくなります。

次の表は、役割の段階を書き出す例です。会社の業務に合わせて書き換えてください。賃金の額は会社ごとに決めるものなので、ここでは書いていません。

段階主な役割の例次に進む目安の例
担当入居者からの問い合わせ対応、入金の確認、更新案内の準備、修繕の手配担当物件の更新・退去・修繕を、上長の確認つきで一通り回せる
主担当担当物件のオーナー対応、協力業者との調整、新人への指導判断に迷う案件を整理して上長に相談でき、手順書を書ける
責任者部門の業務の割り振り、トラブル対応の判断、オーナーへの提案部門の数字と課題を説明でき、代わりを務められる人を育てている
専門職重要事項説明や契約書面の確認、法令改正への対応、社内教育宅建士や業務管理者(賃貸住宅管理業法12条)など、資格や法令上の役割を担っている

役職を上がるだけでなく、「専門職」のように横に伸びる道を用意しておくと、管理職を望まない経験者にも先行きを示せます。資格の取得を支援する場合は、費用の負担や受験日の扱いを文書で決めておくと、人によって扱いが違うという不満を防げます。職業訓練に関する定めをする場合は、就業規則の記載事項にもなります(労働基準法89条7号)。

目安を書き出したら、本人との面談で「今どの段階にいて、次に何ができればよいか」を一緒に確かめます。面談の記録は次回に持ち越し、約束したことが進んでいるかを双方で見られるようにします。

ハラスメントと顧客等の言動への対策

職場の人間関係や、入居者・オーナーからの強い言動は、経験者が辞める理由になりえます。法律上も、事業主には対策をとる義務があります。

パワーハラスメント(労働施策総合推進法31条)

労働施策総合推進法31条1項は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることを事業主に求めています。この規定は、2026年9月30日までは同法30条の2に置かれていました。相談したことや、相談への対応に協力して事実を述べたことを理由とする解雇その他不利益な取扱いも禁止されています(31条2項)。

厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、パワーハラスメントの代表的な言動の類型として、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の6つを挙げています。事業主が講ずべき措置としては、事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発、相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応、これらと併せて講ずべき措置(プライバシーの保護や不利益取扱いをしない旨の周知など)が示されています。

入居者・オーナーなど顧客等の言動(同法33条)

2025年6月11日に公布された改正法(令和7年法律第63号)により、2026年10月1日から、顧客等の言動に起因する問題への対策も事業主の義務になりました。同法33条1項は、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の事業に関係を有する者の言動であって、社会通念上許容される範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されることのないよう、相談体制の整備や抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じることを求めています。

賃貸管理の現場では、騒音や設備の不具合をめぐる入居者からの長時間の電話、退去精算をめぐる強い要求など、担当者が1人で抱えやすい場面があります。次のような点を社内で決めておくと、経験者が「会社が守ってくれる」と感じられるようになります。

  • 担当者が1人で対応を続けなくてよい基準(同じ要求の繰り返し、大声や脅すような言動など)と、上長に引き継ぐ方法
  • 電話や面談の記録の残し方。日時、相手、内容、対応した人を書く
  • 相談窓口を誰にするか。代表者が当事者になりうる場合の相談先も決めておく
  • 入居者・オーナーへの説明の仕方。担当を替える、書面でのやりとりに切り替えるなどの選択肢

夜間対応・単独作業の負担を減らす

労働契約法5条は、使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとしています。賃貸管理では、夜間の漏水や鍵の紛失への対応、空室や退去後の部屋での単独作業など、負担や危険が特定の人に偏りやすい業務があります。

  • 夜間・休日の電話当番を順番制にし、当番の時間と、出動が必要な場合の判断基準を決める
  • 夜間の現地対応は、協力業者や緊急対応の外部サービスに任せる範囲を決めておく
  • 入居者とのトラブルが予想される立会いは、2人で行う
  • 当番や出動の時間を記録し、労働時間として扱う範囲を明確にする

経験者は「自分が出るのが一番早い」と夜間対応を引き受けがちです。本人の善意に頼る形を続けると、負担が見えないまま積み重なります。記録をとり、偏りを数字で確かめられるようにしておくことが、体制を見直すきっかけになります。

宅建業法の手続きと1人に頼らない体制

経験者の退職は、人手が減るだけでなく、宅建業法上の手続きにも影響します。辞めにくい仕組みと同時に、辞めた場合でも業務が止まらない体制を作っておくことが、残る人の負担を減らします。

場面根拠確認すること
専任の宅建士が辞める宅建業法31条の3第1項・第3項事務所ごとに、業務に従事する者の5分の1以上の専任の宅建士が必要(同法施行規則15条の5の3)。欠けたときは2週間以内に必要な措置を執る
専任の宅建士が替わる宅建業法4条1項5号・9条事務所ごとの専任の宅建士の氏名は免許申請書の記載事項。変更したときは30日以内に変更の届出
従業者名簿の記載宅建業法48条3項、施行規則17条の2従業者でなくなった年月日を記載し、名簿は最終の記載をした日から10年間保存する
従業者証明書宅建業法48条1項証明書を携帯させなければ業務に従事させてはならない。退職時は回収する
退職後の秘密保持宅建業法75条の3、賃貸住宅管理業法21条2項従業者は、従業者でなくなった後も、業務を補助したことについて知り得た秘密を漏らしてはならない

専任の宅建士が1人しかいない事務所では、その人が辞めると2週間以内に代わりを置く必要があります。日ごろから宅建士の資格を持つ人を複数育てておく、資格取得を支援する、といった取り組みは、経験者に先行きを示すことと、会社の継続性を守ることの両方に役立ちます。

業務の引き継ぎも同じです。オーナーとの約束事、物件ごとの注意点、協力業者との取り決めが特定の人の頭の中にしかないと、その人は休みも取りにくくなります。物件・入居者・オーナーの情報と、対応の履歴を共有の場所に残すことを、日々の業務のルールにしておきます。

明日から始める手順

  1. 経験者一人ひとりと、評価とは別の面談の日を決める。聞く項目を事前に渡す
  2. 労働条件通知書と就業規則を読み直し、今の担当業務や勤務地とずれていないかを確かめる
  3. 役割の段階と「次に進む目安」を1枚に書き出し、面談で本人と確かめる
  4. ハラスメントと顧客等の言動について、会社の方針と相談窓口を文書にして周知する
  5. 夜間・休日の当番と出動の記録をとり始める
  6. 専任の宅建士の人数、従業者名簿、従業者証明書の状況を確かめ、欠けたときの対応を決めておく

効果の出方は会社の規模や地域によって違うため、ここでは数字の目安を示しません。続けて記録をとり、面談で出た声がどう変わったかを見ていくことをおすすめします。

筆者は宅地建物取引士で、自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を管理会社を通さずに自主管理しています。少人数で管理を回すと、特定の人に夜間対応や判断が集まりやすいことを実感しており、情報の共有と当番の仕組みを先に決めることが大事だと考えています。

ウルスタくんでは、物件・入居者の管理、更新が近い契約の一覧、入金の記録、顧客管理を同じ場所で扱えます。担当者が替わったときに、物件ごとの状況を引き継ぐ場所の1つとして検討してください。

新人の受け入れ方は新人賃貸管理スタッフの30日育成プログラム、在宅勤務のルールは不動産会社のリモートワーク導入で説明しています。

このテーマの全体像は「不動産のコンプライアンス実務ガイド2026|宅建業法・管理業法・個人情報・犯収法」にまとめています。

よくある質問

Q1. 社員が5人ほどでも、役割の段階を作る意味はありますか。

あります。人数が少ないほど、上の役職が埋まっていて先が見えないと感じやすくなります。役職名を増やすより、「何ができれば次の役割を任せるか」を書き出すことで、少人数でも話し合いの材料になります。

Q2. 10人未満なので就業規則がありません。問題ですか。

労働基準法89条の作成・届出の義務は、常時10人以上の労働者を使用する使用者が対象です。ただし、労働条件の明示(15条)は人数にかかわらず必要です。昇給や資格支援の考え方は、就業規則がなくても文書にしておくと、経験者が先行きを確かめやすくなります。

Q3. 入居者からの強い要求で担当者が疲れています。何から始めればよいですか。

まず、担当者が1人で対応を続けなくてよい基準と、引き継ぐ先を決めて伝えることです。2026年10月1日から、顧客等の言動に起因する問題への雇用管理上の措置は事業主の義務になっています(労働施策総合推進法33条)。対応の記録を残し、相談窓口を周知してください。

Q4. 専任の宅建士が急に辞めることになったら、どうすればよいですか。

宅建業法31条の3第3項により、既存の事務所が専任の宅建士の要件を満たさなくなったときは、2週間以内に必要な措置を執らなければなりません。後任を置いたら、30日以内に変更の届出が必要です(9条)。手続きの細部は免許権者(都道府県や地方整備局等)の案内で確かめてください。

出典(本文で参照している資料)

この記事は2026年10月7日時点の情報です。

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