賃貸管理 読了 13分

借地借家法32条「年1割」の意味|東京都が貸主に示した賃料見直しのルール(2026年9月)と、値上げを話し合う手順

借地借家法32条2項の「年1割」は、家賃の増額が裁判で確定したとき、それまで借主が払っていた額との不足分に付く年10%の利息です。東京都が2026年9月に貸主向けに示した賃料見直しのルールとあわせて整理します。

馬場生悦
宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
借地借家法32条「年1割」の意味|東京都が貸主に示した賃料見直しのルール(2026年9月)
目次

借地借家法32条2項の「年1割」は、家賃の増額で話し合いがつかず、借主が自分で相当と考える額を払い続けた後、裁判で増額が確定したときに、その不足額に付ける年10%の利息のことです。払う側は借主で、起算点は各月の支払期の後です。減額のときは逆に、貸主が受け取りすぎた額に年1割の利息を付けて返します(32条3項)。東京都は2026年9月、貸主向けに「賃料見直しのルール」を示すページを公開しました。この記事では、条文と東京都の案内をもとに、値上げを話し合うときの手順をまとめます。

東京都が貸主向けに示した内容

東京都住宅政策本部は2026年9月、「賃貸住宅を経営されている皆様へ ~賃料見直しのルールをご存じですか?~」というページを公開しました。物価の高騰やオーナーチェンジに伴い、家賃の値上げをめぐる相談が多く寄せられていることが理由です。日本賃貸住宅管理協会も同年9月10日に、このページを案内しています。

項目東京都のページの内容(要約)
ルール1賃料の見直しには、貸主・借主双方の合意が必要。まず借主に改定が必要な理由や根拠を説明し、話し合いで解決を図る
ルール2値上げを請求するには、借地借家法32条に基づき、租税等の増加、経済事情の変動、近傍同種の建物の賃料との比較で不相当になった、といった事由が必要。増額しない特約があればそれに従う
まとまらないとき管轄の裁判所に調停を申し立て、それでもまとまらなければ訴訟で賃料を決める
相談先東京都賃料値上げ特別相談窓口(賃貸ホットライン)03-5320-4958(都庁開庁日 9時〜17時30分)

この窓口は2025年10月10日に設けられたものです。東京都は設置の際、オーナーチェンジなどに伴って、正当な事由のない急激で過大な値上げを求められたという相談が多数寄せられていると説明しています。

借主の側にも、同じ趣旨の案内が出ています。東京都消費生活総合センターは2026年3月3日の注意喚起で、家賃の変更は双方の合意で決まること、従来どおりの家賃を払っていれば住み続けられること、いったん値上げに同意して契約書に署名すると後から変えるのは難しいこと、を伝えています。管理会社は、借主がこうした説明を受けている前提で、通知の文面と根拠を用意する必要があります。

借地借家法32条の全体

32条は3つの項でできています。「年1割」は2項と3項に出てきます。

項内容
1項租税その他の負担の増減、土地・建物の価格の上昇・低下その他の経済事情の変動、近傍同種の建物の借賃との比較で不相当になったときは、契約の条件にかかわらず、将来に向かって増減を請求できる。ただし、一定期間増額しない特約があればそれに従う
2項(増額)協議が調わないとき、請求を受けた借主は、増額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額を払えば足りる。確定して不足があれば、不足額に年1割の割合による支払期後の利息を付けて払う
3項(減額)協議が調わないとき、請求を受けた貸主は、減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額を請求できる。確定して受け取りすぎがあれば、超過額に年1割の割合による受領の時からの利息を付けて返す

1項の「契約の条件にかかわらず」は、契約書に家賃の改定の定めがなくても請求できる、という意味です。一方、ただし書が効力を認めているのは「一定の期間増額しない」特約だけです。条文は減額しない特約には触れていないため、減額しない特約を入れていても、借主からの減額請求が当然に封じられるとは考えないほうが安全です。

なお、定期建物賃貸借で、借賃の改定に関する特約がある場合は、32条は適用されません(借地借家法38条9項)。たとえば「2年ごとに消費者物価指数に合わせて改定する」といった特約を置いた定期借家では、32条ではなく特約に従います。

「年1割」の正確な意味

誰が、いつから、何に付けるのか

  • 払う人:増額の場合は借主です。貸主に対する罰則ではありません。
  • 対象:裁判で正当とされた額と、借主がその間に払った額との差(不足額)です。請求した額との差ではありません。
  • 起算点:各月の家賃の支払期の後からです。月ごとに不足額が生まれ、それぞれに利息が付きます。
  • 前提:協議が調わず、増額を正当とする裁判が確定したときです。

借主は「相当と認める額」を払えば足りる

2項の前半は、借主を守る規定です。増額に納得できない借主は、裁判が確定するまで、自分が相当と考える額を払えば足ります。実際には従前の家賃を払い続けることが多く、この間に増額後の額を払わないことだけで、ただちに家賃の不払いになるわけではありません。その代わり、後で増額が認められたときの差額には年1割の利息が付く、という釣り合いになっています。

貸主が従前の額の受け取りを拒むと、借主は供託ができます(民法494条1項)。受け取るかどうか、受け取るときにどんな文面を添えるかは、弁護士と相談して決めます。

減額を求められたとき

借主から減額を求められ、協議が調わないときは、3項の出番です。貸主は、減額を正当とする裁判が確定するまで、相当と認める額(多くは従前の額)を請求できます。裁判で減額が確定し、受け取った額が正当な額を超えていれば、その超過額に、受け取った時からの年1割の利息を付けて返します。増額の場合と向きが逆になるだけで、仕組みは同じです。

計算例

仮の数字で計算例を示します。

  • 従前の家賃:月100,000円
  • 貸主が請求した額:月110,000円
  • 裁判で正当とされた額:月106,000円
  • 借主がその間に払った額:月100,000円(従前どおり)

この場合の不足額は月6,000円です。請求額との差の10,000円ではありません。ある月の不足額6,000円を、支払期から2年後に払うと、利息は6,000円×10%×2年=1,200円です。24か月分の不足がたまっていて、確定後にまとめて払うとすると、不足額の合計は144,000円です。利息は、古い月ほど長く付くため、1か月分ずつ足し合わせると、6,000円×10%×(1か月+2か月+…+24か月)÷12=15,000円になります。実際の計算では、各月の支払期と実際の支払日で日数を数えます。

増額請求の効果は、請求が借主に届いた時点以後の家賃に及ぶと解されています(1項の「将来に向かって」)。話し合いや調停が長引くほど、不足額と利息は積み上がります。借主にとっても貸主にとっても、早めに根拠を出し合うことが負担を小さくします。

値上げを申し入れる前に揃えるもの

32条1項の3つの事由に、それぞれ資料を対応させます。東京都のルール1が「理由や根拠の説明」を求めているのも、この部分です。

32条1項の事由用意する資料の例確かめること
租税その他の負担の増減固定資産税・都市計画税の課税明細書(前回の家賃決定時と今回)増えた額と、1戸あたりに直した額
土地・建物の価格の変動、その他の経済事情地価公示・地価調査、物価や修繕費の上昇を示す公的な統計前回の家賃決定時からの変化であること
近傍同種の建物の借賃との比較近くの同じような物件の募集・成約の事例広さ・築年・設備・駅距離が近いものを選ぶ

あわせて、契約書を見直します。

  • 一定期間増額しない特約がないか(32条1項ただし書)
  • 定期建物賃貸借で、賃料改定の特約がないか(38条9項)
  • 次の更新の時期と、更新の手続

通知の文面では、値上げに応じなければ退去を求める、といった二択を示さないようにします。貸主から更新を拒んだり解約を申し入れたりするには、借地借家法28条の正当の事由が必要です。二択の文面は、東京都が借主に示している「合意が原則」「従来どおりの家賃で住み続けられる」という説明とぶつかり、話し合いそのものを難しくします。

通知の文面に入れる項目

東京都のルール1は、理由や根拠を説明して話し合うことを求めています。通知は「決定のお知らせ」ではなく「改定のご相談」として作ると、その趣旨に沿います。手順の例として、入れる項目を挙げます。

  1. 物件名、部屋番号、契約者名
  2. 現在の家賃と、改定をお願いしたい家賃、適用を始めたい月
  3. 改定をお願いする理由を、32条1項の事由ごとに(税負担、経済事情、近くの同種物件との比較)
  4. 理由を裏付ける資料の要点と、希望があれば資料を見せられること
  5. 話し合いの申し入れと、連絡先・連絡できる時間帯

回答の期限を短く区切って同意を迫る書き方や、同意書への署名だけを求める書き方は避けます。借主は、署名すると後から変えにくいと案内されているため、署名を急がせるほど警戒されます。

オーナーに先に説明しておくこと

  • 家賃の変更は合意が原則で、借主は従前の額を払って住み続けられること
  • まとまらなければ調停、訴訟と進み、時間がかかること
  • 増額が裁判で認められても、請求した額どおりになるとは限らないこと
  • 借主から逆に減額を求められることもあり、その場合も同じ32条の手順になること

32条の請求は、更新の時期に限られません。家賃が不相当になったときに請求できるため、更新の通知と一緒に送るかどうかは、話し合いの進めやすさで決めます。

話し合いがまとまらないときの手順

  1. 話し合い:根拠を示して協議します。合意できたら、新しい家賃と適用の開始月を書面に残します。
  2. 調停:32条の家賃の増減について訴えを起こそうとする人は、まず調停を申し立てます(民事調停法24条の2の調停前置)。調停を経ずに訴えると、原則として裁判所が調停に付します。
  3. 訴訟:調停でもまとまらなければ、訴訟で家賃を決めます。増額が確定すると、2項の年1割の利息の計算が始まります。

管理会社は、オーナーに東京都のページを共有し、手順と時間がかかることを先に説明しておくと、オーナーの判断がぶれにくくなります。入金の記録で、従前の額と請求額の差を月ごとに残しておくと、後で精算するときに役立ちます。ウルスタくんでも、更新が近い契約の一覧と入金の記録を使って、この管理ができます。

よくある質問

Q1. 「年1割」は貸主へのペナルティですか。

いいえ。増額の場合、年1割の利息を払うのは借主です。増額が裁判で確定したとき、それまでの不足額に付く利息です。減額の場合は、受け取りすぎた貸主が年1割の利息を付けて返します(32条3項)。

Q2. 借主が値上げ後の額ではなく従前の額を払っているのは滞納ですか。

協議が調わない間、借主は相当と認める額を払えば足りるとされています(32条2項)。従前の額を払っていることだけで、ただちに不払いとは扱えません。

Q3. 調停をせずに、いきなり訴訟はできますか。

家賃の増減の事件は調停前置です(民事調停法24条の2)。調停を申し立てずに訴えた場合、裁判所は原則として事件を調停に付します。

Q4. 定期借家でも32条は使えますか。

使えます。ただし、借賃の改定に関する特約がある場合は32条は適用されず、特約に従います(借地借家法38条9項)。

Q5. 東京都以外の物件にも関係しますか。

借地借家法32条は全国に適用されます。東京都のページは都の案内ですが、示されているルールは法律の内容なので、どの地域でも同じ考え方で準備できます。

Q6. 増額の請求は、更新のときにしかできませんか。

32条1項は、家賃が不相当になったときに、将来に向かって増減を請求できると定めており、更新の時期に限っていません。ただし、一定期間増額しない特約があればそれに従います。

出典(本文で参照している資料)

この記事は2026年10月7日時点の情報です。

実務に役立つコラムを、週1回メールで

賃貸管理・反響対応・法改正の記事を、月曜の朝を目安にお届けします。無料。いつでも解除できます。登録の前に、確認のメールを1通お送りします。