問い合わせメールの返信に生成AIを使うなら、AIには文面の下書きだけを任せ、募集状況や条件の確認、個人情報の扱い、送信するかどうかの判断は人が行う形にします。下書きの速さよりも、事実と違う内容や言い過ぎの表現が顧客に届かない仕組みのほうが大切です。この記事では、使い始める前に決めること、返信の手順、送信前の確認表を、宅地建物取引業法、個人情報保護法、個人情報保護委員会の注意喚起、AI事業者ガイドライン(第1.2版)にもとづいて整理します。
下書きに向く問い合わせと向かない問い合わせ
問い合わせには、型の決まった返信で足りるものと、事実の確認や判断が中心になるものがあります。生成AIの下書きが役立つのは前者です。
| 区分 | 問い合わせの例 | 生成AIの使い方 |
|---|---|---|
| 下書きに向く | 内見の希望日の連絡、資料の送付依頼、初期費用の内訳の質問、来店の予約 | 返信文の下書きと敬語の調整。物件の条件は人が確かめて書き入れる |
| 一部だけ使う | 複数の物件の比較、入居時期の相談、条件の交渉 | 質問の整理と返信の構成づくり。回答の中身は担当者が決める |
| 下書きに使わない | 苦情、事故や漏水の連絡、金銭のトラブル、審査結果の連絡、解約や退去に関する争い | 担当者が自分で書く。必要に応じて上長や専門家に相談する |
苦情やトラブルの連絡は、事実の確認と謝罪の範囲の判断が先に必要で、言葉づかいだけを整えた返信はかえって相手の不信を招きます。また、紛争になっている案件で法的な見解を示すことは、弁護士法72条との関係が問題になり得ます。こうした連絡は、最初から下書きの対象から外しておきます。
使い始める前に決めること
使うサービスと規約の確認
個人情報保護委員会は、2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」で、個人情報取扱事業者に向けて、個人情報を含むプロンプトを入力する場合は利用目的の達成に必要な範囲内であることを十分に確認すること、本人の同意を得ずに個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は個人情報保護法に違反することとなる可能性があるため、機械学習に利用されないことなどを十分に確認することを求めています。会社で使うサービスを決め、利用規約で入力内容の学習利用、保存期間、提供事業者の所在国を確かめます。社員が個人のアカウントで別のサービスを使うことは避けます。
利用目的の確認
個人情報保護法17条1項は個人情報の利用目的をできる限り特定することを求め、18条1項は、あらかじめ本人の同意を得ないで、その利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を取り扱うことを禁じています。問い合わせへの返信は、多くの会社でプライバシーポリシーに書かれた利用目的の範囲に入ると考えられますが、自社のプライバシーポリシーの記載を一度確かめておきます。
入力しない情報の一覧
入力前に置き換える情報を決めます。例として、氏名は「A様」、電話番号やメールアドレスは削除、勤務先や年収は削除、現住所は市区町村までにする、といった形です。宅建業法45条は、業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を、正当な理由なく他に漏らすことを禁じています。お客様が問い合わせに書いた家庭の事情なども、返信に必要でなければ入力しません。
誰が送信するか
下書きを作る人と送信を判断する人を分けるか、少なくとも送信前の確認表を通す手順を決めます。下書きをメールソフトの送信画面に直接入れる自動化は、確認を省きやすくなるため、慎重に考えます。
返信の手順
次は手順の例です。会社の体制に合わせて調整してください。
手順1 受信した問い合わせを分ける
受信したら、まず「下書きに向く」「一部だけ使う」「下書きに使わない」のどれに当たるかを分けます。下書きに使わない問い合わせは担当者に回します。
手順2 物件の募集状況と条件を確かめる
返信を書く前に、問い合わせのあった物件の募集が続いているか、賃料や初期費用などの条件に変更がないかを、貸主や元付業者、自社の物件台帳で確かめます。生成AIは募集状況を知りません。確かめた結果をもとに、人が返信に書く事実を決めます。
手順3 個人情報を置き換えて指示を入力する
問い合わせの本文から氏名や連絡先を置き換え、確かめた事実と一緒に生成AIに入力します。事実は箇条書きで渡し、「書いていないことは書かない」と指示すると、もっともらしい作り話が入りにくくなります。
手順4 下書きを照合して直す
出力された下書きを、手順2で確かめた事実と1行ずつ照らし合わせます。物件名、賃料、日付、担当者名、宛名、敬語を確かめ、言い過ぎの表現を直します。
手順5 送信して記録する
確認表を通したら、置き換えた氏名などを元に戻して送信します。送信した内容と確かめた事実は顧客ごとの記録に残します。宅建業法34条2項は、売買や貸借に関する注文を受けたときに、遅滞なく取引態様の別(自ら当事者か、代理か、媒介か)を明らかにすることを求めています。初回の返信でこの点を伝える文を、定型として入れておくと漏れを防げます。
指示文の書き方の例
次は指示文の例です。会社の言葉づかいに合わせて変えてください。
あなたは賃貸仲介会社の担当者です。次の問い合わせへの返信メールの下書きを作ってください。
条件:です・ます調。300字程度。下の「確認済みの事実」に書いていない物件の情報、設備、周辺環境、条件は書かない。将来の便利さや値上がりなどを言い切らない。宛名は「A様」、担当者名は「担当者名」のままにする。
問い合わせ:(個人情報を置き換えた本文)
確認済みの事実:物件名〇〇、募集中(10月7日に貸主に確認)、賃料〇万円、内見可能日〇日・〇日、取引態様は媒介
このように、生成AIに渡す事実を人が先に決めておくと、下書きを照合する手間も小さくなります。
返信の構成を決めておく
返信の構成を社内で決めて指示に含めると、担当者や問い合わせが変わっても、返信の質をそろえやすくなります。次は構成の例です。
- 問い合わせへのお礼と、名乗り(苗字と会社名)
- 質問への答え(確認済みの事実だけを使う)
- 確かめられなかったことと、いつまでに確かめて連絡するか
- 次の行動の提案(内見の候補日、来店の予約、追加で必要な情報)
- 取引態様の明示と、問い合わせ先
「確かめられなかったこと」を書く欄を設けておくのがポイントです。生成AIは分からないことも埋めて書こうとするため、空欄にしてよい場所を明示しておくと、推測で書かれた内容が混ざりにくくなります。
送信前の確認表
| 確認すること | 見るところ | 関係する決まり |
|---|---|---|
| 募集が続いているか | 貸主・元付業者への確認日時 | 表示規約21条(おとり広告) |
| 賃料・初期費用・設備が台帳と合っているか | 物件台帳、募集図面 | 宅建業法47条1号 |
| 将来の利便や利益を言い切っていないか | 「確実に」「間違いなく」などの語 | 宅建業法47条の2第1項 |
| 取引態様を伝えているか | 初回返信の定型文 | 宅建業法34条2項 |
| 宛名・担当者名・物件名が正しいか | 置き換えた部分 | 社内ルール |
| 不要な個人情報を書いていないか | 宛先、本文、添付 | 個人情報保護法23条 |
| 下書きに使わない問い合わせでないか | 手順1の区分 | 弁護士法72条など |
返信で避ける表現
生成AIは、相手に前向きになってもらうための言い切りの文を作りやすい傾向があります。次のような表現は、人が直します。
- 確かめていない事実:「日当たりは良好です」「周辺は静かです」など、確認していない物件の状態。宅建業法47条1号は、相手方等の判断に重要な影響を及ぼす事項について、事実でないことを告げることを禁じています。
- 利益の断定:投資用物件の問い合わせで「確実に利回りが出ます」と書くこと。47条の2第1項は、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断の提供を禁じています。
- 決断を急がせる言い方:「本日中に決めないと他の方に決まります」など、根拠のない催促。
- 募集が終わった物件の案内:成約済みの物件を「ご案内できます」と書くこと。表示規約21条は、実際には取引できない物件などの表示をおとり広告として禁じています。返信の前に募集状況を確かめる理由はここにあります。
記録と見直し
総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」は、AI利用者に向けて、安全を考慮した適正利用(U-2)、個人情報の不適切入力及びプライバシー侵害への対策(U-4)、関連するステークホルダーへの説明と規約の遵守(U-7)などを挙げています。返信の運用では、次の記録を残しておくと、見直しのときに役立ちます。
- 下書きを大きく直した例と、その理由(事実の誤り、言い過ぎ、敬語の誤りなど)
- 送信後に誤りが見つかった例と、そのときの対応
- 指示文を変えた日と、変えた内容
月に1回など時期を決めて記録を読み返し、指示文や確認表を直します。直した版は日付をつけて保存し、担当者全員が同じ版を使うようにします。返信の速さそのものの目安は、「反響対応SLAの決め方」で整理しています。
ウルスタくんの顧客管理では、お客様ごとに問い合わせの内容や連絡の履歴を残せます。返信で伝えた物件の条件や、確認した日時を同じ画面に記録しておくと、担当者が替わっても経緯を追えます。
このテーマの全体像は「不動産CRM完全ガイド|6サービス比較と導入手順」にまとめています。
よくある質問
Q1. 問い合わせの本文をそのまま生成AIに入力してもよいですか
使うサービスの規約で、入力内容の学習利用や保存の扱いを確かめるまでは、氏名や連絡先を置き換えてから入力する運用にします。個人情報保護委員会の注意喚起は、本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力する場合に、機械学習に利用されないことなどを十分に確認するよう求めています。
Q2. 生成AIで作った返信だとお客様に伝える必要はありますか
一律に伝えることを義務づける法令は確認できませんでした。下書きに生成AIを使い、担当者が確かめて送っていることを、プライバシーポリシーなどで示しておく方法があります。AI事業者ガイドラインは、AI利用者に関連するステークホルダーへの情報提供を挙げています。
Q3. 夜間や休日に生成AIで自動返信してもよいですか
受付の連絡だけを定型文で自動返信し、物件の条件や募集状況に触れる返信は営業時間に人が確かめてから送る形が無難です。生成AIは募集状況を知らないため、確かめずに自動で返信すると、成約済みの物件を案内してしまうおそれがあります。
Q4. テンプレートと生成AIの下書きはどちらがよいですか
どちらか一方に決める必要はありません。取引態様の明示や個人情報の扱いなど、毎回入れる文はテンプレートで固定し、問い合わせごとに変わる部分の下書きに生成AIを使うと、確認する範囲を絞れます。
Q5. 海外の事業者が提供する生成AIサービスを使ってもよいですか
使えないわけではありませんが、個人データを入力する場合は、外国にある第三者への提供について定めた個人情報保護法28条との関係を確かめる必要があります。個人情報保護委員会のQ&A(Q7-53)は、クラウドサービスの提供事業者が個人データを取り扱わないこととなっている場合は、個人データを提供したことにはならないと説明しています。規約で提供事業者による取扱いの有無を確かめられない場合は、個人情報を置き換えてから入力します。
出典(本文で参照している資料)
- 宅地建物取引業法(e-Gov法令検索)34条・45条・47条・47条の2
- 個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)17条・18条・23条・28条
- 個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドラインQ&A」Q7-53
- 弁護士法(e-Gov法令検索)72条
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2023年6月2日)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」別添1(PDF)
- 総務省「AI事業者ガイドライン」掲載ページ
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」本編(2026年3月31日、PDF)
- 不動産公正取引協議会連合会「不動産の表示に関する公正競争規約」規約集(PDF)21条
この記事は2026年10月7日時点の情報です。