退去立会いでは、入居時の記録と契約書の特約を前もってそろえ、当日は国土交通省のガイドラインの区分に沿って損耗を確認し、写真と書面で残すことが、敷金精算で揉めないための基本です。この記事では、民法621条と622条の2、原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)、特約についての最高裁判決、東京都の条例(いわゆる東京ルール)に沿って、準備から精算までの手順を整理します。
退去立会いの前提になるルール
原状回復義務(民法621条)
民法621条は、借主は、物件を受け取った後に生じた損傷がある場合、賃貸借が終了したときにその損傷を原状に復する義務を負うとしています。ただし、ここでいう損傷からは、通常の使用及び収益によって生じた損耗と経年変化が除かれます。また、損傷が借主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、原状回復の義務を負いません。
敷金(民法622条の2)
敷金は、名目を問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる借主の金銭債務を担保する目的で、借主が貸主に交付する金銭です。貸主は、賃貸借が終了し、かつ物件の返還を受けたときに、受け取った敷金の額から借主の金銭債務の額を差し引いた残額を返還しなければなりません。
原状回復ガイドライン
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、平成23年8月に再改訂されています。ガイドラインは、原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義し、原状回復は借りた当時の状態に戻すものではないとしています。
国土交通省は、ガイドラインは賃貸借契約の締結時に参考にしてもらうもので、既にある契約については契約書が有効なものと考えられ、契約内容に沿った取扱いが原則としています。立会いの前に、その物件の契約書と特約を確認することが出発点になります。
立会いの前に準備すること
- 賃貸借契約書と特約、重要事項説明書の写し(原状回復やハウスクリーニングに関する条項に印をつける)
- 入居時の物件状況の確認書と写真
- 入居中の修繕の記録(貸主の負担で直したもの、借主から連絡があった不具合)
- 入居開始日(経過年数の計算に使う)と、主な内装・設備の交換時期
- 敷金の額、未払い家賃の有無、日割りの家賃
- ガイドラインの別表(負担区分と経過年数)の写し
ガイドラインは、入居時と退去時にチェックリストを作り、貸主と借主が立ち会って十分に確認すること、写真を撮るなどの方法を併用すること、損耗の箇所や程度を平面図に記入して分かりやすくすることを勧めています。再改訂版では、契約時に原状回復の条件を示す様式や、精算明細書の雛形も示されています。入居時の記録が少ない物件ほど、退去時に借主の負担を示す根拠が弱くなります。
立会いの日時を借主と決めるときは、所要時間の目安、当日は鍵を返してもらうこと、精算書を送る時期と方法を伝えておきます。
当日の進め方
次の流れは手順の例です。
| 順番 | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | あいさつと流れの説明 | 確認の目的は事実の記録であり、その場で金額を決めるものではないと伝える |
| 2 | 全体を一緒に見て回る | 入居時の写真と見比べながら、床・壁・天井・建具・水回り・設備の順に確認する |
| 3 | 気になる箇所の撮影 | 部屋全体が分かる写真、箇所が分かる写真、大きさが分かる写真(メジャーを当てる)をそろえる |
| 4 | 設備の動作確認 | エアコン、給湯器、換気扇、照明、インターホンなど |
| 5 | 確認書の作成 | 確認した箇所と状態、借主の説明を書き、双方が署名する。写しを借主に渡す |
| 6 | 鍵の返却と今後の連絡 | 返却された鍵の本数、精算書の送付時期、振込先の確認方法を伝える |
確認書には、借主が自分の負担を認めた箇所と、意見が分かれた箇所を分けて書いておくと、後の精算で話が戻りにくくなります。その場で負担の割合や金額を約束することは避け、見積もりとガイドラインに照らして精算書で示します。
貸主負担と借主負担の区分
ガイドラインは、損耗を、経年変化・通常損耗(貸主負担)と、借主の故意・過失や通常の使用を超える使用による損耗(借主負担)に分けて考えます。別表の例から、立会いで迷いやすいものを抜き出すと次のとおりです。
| 箇所 | 貸主負担とされる例 | 借主負担とされる例 |
|---|---|---|
| 床 | 家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡 | 飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ(手入れ不足等の場合)/冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し床に損害を与えた場合)/引越作業等で生じたひっかきキズ/借主の不注意で雨が吹き込んだことなどによるフローリングの色落ち |
| 壁 | テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)/画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度)/借主所有のエアコン設置による壁のビス穴、跡/日照などによるクロスの変色 | 重量物をかけるためにあけたくぎ穴、ネジ穴(下地ボードの張替えが必要な程度)/喫煙によるヤニ・臭い |
| 水回り・台所・設備 | 設備機器の故障(寿命によるもの) | ガスコンロ置き場、換気扇等の油汚れ、すす(清掃・手入れを怠った場合)/風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビ等(清掃・手入れを怠った場合)/結露を放置したことで拡大したカビ、シミ |
| ペット | 飼育ペットによる柱等のキズ・臭い | |
| 鍵・清掃 | 鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)/専門業者による全体のハウスクリーニング(借主が通常の清掃を実施している場合) | 鍵の紛失や破損による取替え |
同じ「汚れ」でも、通常の使用によるものか、手入れを怠った結果かで区分が変わります。立会いでは、状態だけでなく、借主の説明(いつ頃から、何が原因か)も確認書に書いておきます。
経過年数と負担の単位
経過年数の考え方
借主の負担になる損耗でも、建物や内装は時間とともに価値が下がるため、ガイドラインは経過年数を考慮して負担割合を決めるとしています。クロス(壁紙)、カーペット、クッションフロアは、6年で残存価値1円となるような直線(または曲線)を描いて負担割合を算定するとされています。フローリングの全体の張替えは、建物の耐用年数で残存価値1円となるように考えます。一方、畳表、襖紙、障子紙のような消耗品としての性格が強いものと、フローリングの部分補修は、経過年数を考慮しないとされています。
ただし、ガイドラインは、経過年数を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得るとも書いています。年数だけで機械的に0円とするのではなく、損耗の原因と程度を見て判断します。
計算例
仮の数字で計算例を示します。入居時に新しく張り替えたクロスで、借主の過失による汚損があり、退去時点で入居から3年が経過していたとします。6年で残存価値1円となる直線で考えると、3年時点の残存割合はおおむね50%です。張替え費用の見積もりが5万円なら、借主の負担は5万円×50%で、およそ2万5千円となります。入居時点でクロスが新しくなかった場合は、その分だけ残存割合が小さくなります。
負担の単位
- クロス:㎡単位が望ましいが、毀損箇所を含む一面分までは張替費用を借主負担としてもやむを得ない、とされています。
- 畳:原則1枚単位です。
- フローリング:部分補修が基本で、全体を張り替える場合は経過年数を考慮します。
部屋全体の張替え費用をそのまま借主に請求すると、負担の単位の考え方から外れます。見積書は、借主負担の範囲と、貸主負担で同時に行う工事を分けて取ると、精算書に転記しやすくなります。
特約が有効になる条件
ハウスクリーニング費用などを借主の負担とする特約について、ガイドラインは、特約が有効になるための要件として次の3つを示しています。
- 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 借主が、特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 借主が、特約による義務負担の意思表示をしていること
最高裁平成17年12月16日判決(平成16(受)1573)は、通常損耗について借主が補修費用を負担する特約が成立するためには、少なくとも、負担することになる損耗の範囲が契約書自体に具体的に明記されているか、そうでなければ貸主が口頭で説明し借主がそれを明確に認識して合意の内容としたと認められるなど、明確に合意されていることが必要としています。この事件では、契約書の原状回復の条項に損耗の範囲が具体的に明記されておらず、入居説明会での説明でも範囲を明らかにする説明がなかったという事情の下で、特約が成立しているとはいえないとされました。
立会いの前に特約の文言を読み、負担する範囲と金額が具体的に書かれているか、重要事項説明などで説明した記録があるかを確認します。範囲や金額があいまいな特約に頼った請求は、争いになったときに認められないおそれがあります。
敷金精算書の作り方と返還
賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)6条4項は、敷金から債務の額を差し引く場合、貸主は差し引く債務の額の内訳を借主に明示しなければならないとしています。ガイドラインの再改訂版にも、費用請求の際の精算明細書の雛形があります。精算書には次の内容を入れます。
- 預かっている敷金の額
- 未払いの家賃・共益費などがあればその額
- 原状回復の項目ごとに、箇所、工事の内容、単位と数量、単価、金額、経過年数を考慮した借主の負担割合、借主負担額
- 貸主負担として行う工事は、借主負担と分けて書く
- 差引きの返還額(又は不足額)と、返還の時期・方法
- 根拠資料(見積書、立会い時の写真、確認書、契約書の該当条項)の添付
精算の計算は敷金精算の計算ツールで確かめられます。
なお、民法622条で準用する600条により、契約の本旨に反する使用によって生じた損害の賠償は、貸主が物件の返還を受けた時から1年以内に請求しなければなりません。立会いの後に新たな損傷が見つかった場合も、この期間を意識して早めに対応します。
当社の業務クラウド「ウルスタくん」では、物件・入居者の管理、入金の記録、オーナーへの送金明細(管理料・修繕費を差し引いた明細)の作成ができます。精算後の修繕費をオーナーへの明細に反映するときに使えます。
精算で折り合わないときの公的な手続きは入居者トラブルの仲裁の手順で、未払い家賃が残るときの対応は家賃滞納の回収マニュアルで整理しています。
東京ルール
東京都は「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」を平成16年3月31日に公布し、同年10月1日に施行しています(平成29年10月13日一部改正)。いわゆる東京ルールです。
対象は、宅地建物取引業者が媒介(仲介)・代理を行う、東京都内にある居住用の建物の賃貸借契約です。宅地建物取引業者は、契約の前に、別途書面を交付して次の事項を説明します。
- 退去時における原状回復の基本的な考え方
- 入居中の修繕についての基本的な考え方
- 実際の契約における借主の負担内容(特約の有無を含む)
- 入居中の設備等の修繕及び維持管理等に関する連絡先
貸主と借主が直接契約する場合は、この説明の対象になりません。東京都内の物件で退去立会いをするときは、契約時に交付したこの書面も準備しておくと、借主の負担内容を説明していたことを示す資料になります。
よくある質問
Q1. 借主が立会いに来られない場合はどうすればよいですか。
日程を調整しても難しい場合は、借主の了解を得たうえで管理会社が確認し、写真と確認書を送って意見を求めます。立ち会わなかったことだけを理由に、借主の負担を広く認めてもらえるわけではありません。
Q2. 入居時の写真がない場合はどうなりますか。
入居時からあった損耗かどうかを示す根拠が弱くなります。入居中の修繕記録など、ほかの資料で説明できない部分は、貸主負担として扱うことも検討します。次の入居者からは、入居時の確認書と写真を残す運用にします。
Q3. ハウスクリーニング費用は借主に請求できますか。
ガイドラインでは、借主が通常の清掃を実施している場合の専門業者による全体のハウスクリーニングは貸主負担の例とされています。借主負担とする特約がある場合は、特約の3つの要件と、範囲や金額が契約書に具体的に書かれているかを確認します。
Q4. 鍵の交換費用は誰の負担ですか。
ガイドラインでは、破損や鍵の紛失がない場合の鍵の取替えは貸主負担の例とされています。紛失や破損があった場合は借主負担になります。
Q5. タバコのヤニで壁紙が変色しています。全額を請求できますか。
喫煙によるヤニ・臭いは借主負担の例とされていますが、クロスは経過年数を考慮し、負担の単位も毀損箇所を含む一面分までが目安です。部屋全体の張替え費用の全額をそのまま請求するのではなく、経過年数と単位を当てはめて計算します。
Q6. 敷金はいつまでに返せばよいですか。
民法622条の2は、賃貸借が終了し、かつ物件の返還を受けたときに残額を返還するとしていますが、何日以内という期限は定めていません。契約書に返還時期の定めがあればそれに従い、精算書で返還の時期を明示します。
出典(本文で参照している資料)
- 民法(e-Gov法令検索):600条、621条、622条、622条の2
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」
- 同ガイドライン(再改訂版)第1章 原状回復にかかるガイドライン
- 国土交通省「平成23年8月再改訂の概要」
- 最高裁平成17年12月16日判決(平成16(受)1573)
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」(平成30年3月版・家賃債務保証業者型):6条
- 東京都住宅政策本部「東京における住宅の賃貸借に係る紛争の防止に関する条例」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。


