入居者同士のトラブルで管理会社ができるのは、事実の確認と記録、契約に基づく注意や是正の求め、話し合いの場づくりまでで、どちらが正しいかを裁く立場にはありません。この記事では、騒音などの苦情を受けてからの手順を、民法、賃貸住宅標準契約書、賃貸住宅管理業法、個人情報保護法に沿って整理し、警察や公的窓口につなぐ場面と、退去時の敷金返還で折り合わないときの公的な手続きも確認します。
管理会社の立ち位置と、できること・できないこと
契約の当事者は貸主と各入居者
民法601条は、賃貸借を、貸主が物の使用及び収益を借主にさせることを約し、借主が賃料を払うことなどを約する契約としています。入居者同士の間には契約関係がなく、騒音の苦情を言う人も言われる人も、それぞれが貸主と契約しています。
借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従って使用及び収益をしなければなりません(民法594条1項を616条で賃貸借に準用)。管理会社が入居者に注意をするときの根拠は、この用法遵守の義務と、賃貸借契約書に書かれた禁止事項です。
「仲裁」という言葉の注意点
弁護士法72条は、弁護士でない者が報酬を得る目的で、一般の法律事件に関して代理、仲裁、和解などの法律事務を取り扱うことを業とすることを禁じています。管理会社が貸主の立場から契約の順守を求めることと、入居者同士の損害賠償などの争いに入って和解をまとめることは別の話です。後者のような話になったら、当事者に弁護士や公的な相談窓口を案内します。
| 管理会社ができること(例) | 避けること(例) |
|---|---|
| 苦情の受付と事実の確認 | どちらが悪いかを決めつけて伝える |
| 契約書に基づく注意や是正の求め | 入居者同士の損害賠償の金額を決めてまとめる |
| 全戸向けの注意文の掲示・配布 | 相談した人の名前や部屋番号を相手に伝える |
| 貸主への報告と、契約上の対応の相談 | 鍵の交換など、手続きによらない実力行使 |
契約書で使える根拠
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)を使っている場合、8条3項で、借主は別表第1に掲げる行為を行ってはならないとされています。入居者トラブルに関係する主な項目は次のとおりです。
- 別表第1 第4号:大音量でテレビ、ステレオ等の操作、ピアノ等の演奏を行うこと
- 別表第1 第5号:猛獣、毒蛇等の明らかに近隣に迷惑をかける動物を飼育すること
- 別表第1 第7号:本物件又は本物件の周辺において、著しく粗野若しくは乱暴な言動を行い、又は威勢を示すことにより、付近の住民又は通行人に不安を覚えさせること
このほか、共用部分への物品の設置や犬・猫等の飼育は、貸主の書面による承諾が必要な行為として別表第2に、新たな同居人の追加などは貸主への通知が必要な行為として別表第3に挙げられています。
10条2項は、8条各項の義務などに違反した場合に、貸主が相当の期間を定めて履行を催告したにもかかわらず、その期間内に履行されず、違反によって契約を継続することが困難であると認められるに至ったときは、契約を解除できるとしています。つまり、注意をしたこと、改善を求めたこと、それでも改善されなかったことを記録で示せるかが、最終的な対応の分かれ目になります。
自社の契約書が標準契約書と違う場合は、禁止事項と解除の条項の番号を一覧にしておくと、注意文を書くときに迷いません。
苦情を受けてからの手順
次の手順は例です。物件の構造や契約内容に合わせて調整してください。
1. 受付
いつ、どの時間帯に、どんな音(足音、話し声、音楽、洗濯機など)が、どのくらい続いたかを聞きます。相談者がどの部屋からの音だと考えているかも聞きますが、建物の構造によっては音の出どころを取り違えることがあるため、この段階では決めつけません。
2. 事実の確認
相談者に、日時と内容を記録してもらうよう頼みます。管理会社も、可能な範囲で現地の状況(共用部分の掲示物、ゴミ置き場、駐輪場など)を確認します。
3. 全戸向けの注意
最初は、特定の部屋を名指ししない形で、全戸に注意文を掲示・配布するのが一般的です。夜間の生活音への配慮、契約書の該当条項、困ったときの連絡先を書きます。
4. 個別の連絡
改善が見られない場合は、音の出どころと考えられる部屋に個別に連絡します。相談者が誰かは伝えず、「近隣から音についての連絡があった」と事実だけを伝え、相手の言い分も聞いて記録します。
5. 書面での是正の求め
それでも続く場合は、貸主と相談のうえ、契約書の条項を示して書面で改善を求めます。ここから先の解除などは貸主の判断であり、弁護士への相談を勧めます。
6. 相談者への経過の報告
対応したことと、その後の様子を相談者に伝えます。相手方の言い分の詳細や個人情報は伝えません。
全戸向け注意文の例
次の文面は例です。物件や契約書に合わせて書き換えてください。
入居者の皆さまへ
最近、夜間の生活音についてご相談をいただいています。集合住宅では、足音や扉の開け閉め、音楽やテレビの音が、思った以上に周りの部屋に響くことがあります。特に夜遅い時間や早朝は、音の出し方にご配慮ください。賃貸借契約書では、大きな音でテレビ等を操作することや楽器を演奏することを禁止事項としています。お困りのことがあれば、管理会社までご連絡ください。
注意文には、特定の部屋や人を推測できる書き方をしないこと、契約書の条項を示すこと、相談先を書くことの3点を意識します。同じ注意文を何度も掲示するより、改善が見られない場合は個別の連絡に切り替えるほうが効果を確かめやすくなります。
相談した人の情報を守る
個人情報保護法27条1項は、法令に基づく場合などを除き、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないとしています。相談者の氏名や部屋番号を、本人の同意なく相手方に伝えることは避けます。
賃貸住宅管理業法21条は、登録を受けた賃貸住宅管理業者とその従業者に、正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らしてはならない義務を課しています。従業者でなくなった後も同じです。苦情の内容には、生活の様子や家族構成など、相談者にとって知られたくない情報が含まれることがあるため、社内でも共有の範囲を必要な担当者に限ります。
相談者が自分の名前を出してもよいと言った場合でも、直接の話し合いの場を設けると感情的な対立になることがあります。同席の要否は慎重に判断し、管理会社が間に入って伝える形を基本にします。
警察や公的窓口につなぐ場面
| 場面 | 連絡先 |
|---|---|
| 暴力、脅し、身の危険があるなど緊急のとき | 110番 |
| 緊急ではないが警察に相談したいとき | 警察相談専用電話 #9110 |
| 退去時の費用など、消費者としての契約トラブルの相談 | 消費者ホットライン 188 |
| 当事者間の金銭の争い | 弁護士、簡易裁判所の民事調停など |
政府広報オンラインは、#9110を「緊急の事件や事故以外で警察に相談するときにかける全国共通の電話番号」と説明しています。消費者庁によると、188は地方公共団体が設置している身近な消費生活センターや消費生活相談窓口を案内する番号です。
身の危険が関わる場面では、管理会社が自分で解決しようとせず、相談者に警察への連絡を勧めます。管理会社が受けた連絡の内容も記録しておきます。
記録とオーナーへの報告
賃貸住宅管理業法20条は、登録を受けた賃貸住宅管理業者に、管理業務の実施状況などを定期的に委託者(オーナー)へ報告するよう求めています。施行規則40条1項により、報告は管理受託契約を結んだ日から1年を超えない期間ごと、及び契約期間の満了後遅滞なく行い、記載事項には「管理業務の対象となる賃貸住宅の入居者からの苦情の発生状況及び対応状況」が含まれます(同項3号)。
苦情の記録は、この定期報告のためだけでなく、契約上の対応に進むときの資料にもなります。記録する項目の例は次のとおりです。
- 受付日時、相談者、受付の方法
- 苦情の内容(日時、音の種類、頻度)
- 確認したこと、対応したこと(掲示、個別連絡、書面)とその日付
- 相手方の言い分
- その後の状況と、相談者への報告
当社の業務クラウド「ウルスタくん」では、物件・入居者の管理と顧客管理ができます。苦情の記録を物件や入居者と結びつけて残しておくと、オーナーへの報告をまとめるときに探す手間が減ります。
敷金返還で折り合わないときの手続き
退去時の敷金返還も、入居者とのトラブルになりやすい場面です。民法622条の2は、敷金を、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる借主の金銭債務を担保する目的で交付する金銭と定め、賃貸借が終了し物件の返還を受けたときに、受け取った敷金から借主の債務の額を差し引いた残額を返還しなければならないとしています。差し引く内訳の示し方や原状回復の負担区分は、退去立会いマニュアルで整理しています。
話し合いで折り合わない場合の公的な手続きには、次のものがあります。
| 手続き | 特徴(裁判所・消費者庁の説明) |
|---|---|
| 民事調停 | 一般市民から選ばれた調停委員が裁判官とともに、話し合いによる合意を目指す。相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に申し立てる。手数料は訴訟より安い。合意して調停調書に記載された内容は、確定した判決と同じ効力がある |
| 少額訴訟 | 60万円以下の金銭の支払いを求める訴え。原則1回の審理で解決を図る |
| 消費生活相談 | 借主側が188で消費生活センターなどに相談することがある |
借主が消費生活センターに相談した場合、管理会社は、精算の根拠(契約書の条項、入居時と退去時の記録、見積書)を示して説明できるよう準備しておきます。精算の内訳を確かめるときは、敷金精算の計算ツールも使えます。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 騒音の苦情を受けたら、すぐに相手の部屋を訪ねてよいですか。
まず日時や音の内容を確認し、全戸向けの注意から始めるのが一般的です。音の出どころを取り違えることがあるため、最初から特定の部屋を名指しすると、別のトラブルを生むおそれがあります。
Q2. 相談者の名前を相手に伝えてもよいですか。
本人の同意なく伝えることは避けます。個人情報保護法27条の第三者提供の制限や、賃貸住宅管理業法21条の秘密を守る義務の考え方に沿って、事実だけを伝えます。
Q3. 何度注意しても改善しない入居者との契約は解除できますか。
契約書の禁止事項に当たり、催告しても改善されず、契約の継続が困難と認められる場合には解除が問題になります(標準契約書10条2項の考え方)。判断は貸主が行うもので、解除の前に弁護士に相談してください。
Q4. 入居者同士で損害賠償の話になっています。管理会社がまとめてよいですか。
入居者同士の金銭の争いに入って和解をまとめることは、弁護士法72条との関係で問題になり得ます。当事者には、弁護士への相談や簡易裁判所の民事調停を案内します。
Q5. 夜中に大声で騒いでいると連絡がありました。
身の危険がある、暴力の気配があるなど緊急の場合は、相談者に110番への連絡を勧めます。緊急ではないが警察に相談したい場合は#9110があります。翌日以降、管理会社としての記録と対応を進めます。
Q6. 苦情の記録はどのくらい残せばよいですか。
法令で苦情記録そのものの保存期間は確認できませんでしたが、オーナーへの定期報告に苦情の発生状況と対応状況を記載する必要があります(施行規則40条1項3号)。契約が続く間と、その後の精算が終わるまでは参照できるようにしておくのが実務的です。
出典(本文で参照している資料)
- 民法(e-Gov法令検索):594条、601条、616条、622条の2
- 弁護士法(e-Gov法令検索):72条
- 個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索):27条
- 賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律(e-Gov法令検索):20条、21条
- 賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律施行規則(e-Gov法令検索):40条
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書」
- 賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・家賃債務保証業者型):8条、10条、別表第1〜第3
- 政府広報オンライン「暮らしの相談窓口(安心・安全)」
- 消費者庁「消費者ホットライン」
- 裁判所「民事調停」
- 裁判所「少額訴訟」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。


