賃貸の詐欺・なりすましを防ぐには、申込みの段階で本人確認書類の原本と申込者・入居者・支払者の一致を確かめ、振込先の変更はメール以外の方法で相手に直接確認する、という2つの手順を社内の決まりにすることが土台になります。犯罪収益移転防止法の取引時確認は宅地・建物の売買が対象で、賃貸の仲介や管理には法律上の義務としてはかかりません。そのぶん、賃貸では自社のルールで本人確認の水準を決める必要があります。この記事では、警察庁の注意喚起と法令をもとに、手口の型、チェックリスト、振込先変更詐欺への備え、個人情報が漏れたときの対応を整理します。
賃貸で起きる詐欺・なりすましの主な型
管理会社や仲介会社が関わる詐欺・なりすましは、大きく次の4つに分けて考えると、対策を整理しやすくなります。
| 型 | 内容 | 参考にする資料 |
|---|---|---|
| 偽造書類によるなりすまし入居 | 偽造した身分証などで契約し、居住以外の目的に使う | 警察庁・高知県警察「賃貸物件の悪用を防ぐために」 |
| 名義貸し・無断転貸 | 契約者と実際の入居者が違う。賃借人は貸主の承諾なく転貸できない | 民法612条、賃貸住宅標準契約書8条 |
| 振込先変更詐欺 | 取引先や管理会社になりすましたメールで、振込先口座の変更を指示する | 警察庁「ビジネスメール詐欺に注意!」 |
| 宅建業者を利用する詐欺 | 警察官を名乗る者が宅建業者をだまし、別の詐欺の道具にする | 警察庁の注意喚起(令和8年5月) |
警察庁と高知県警察のチラシ「賃貸物件の悪用を防ぐために」では、いわゆるアリバイ会社から入手した偽造の健康保険証を使って不正に賃借させ、居住目的ではなく違法な風俗店として使われていた事例が紹介されています。チラシは、契約申込者の言動や提示する身分証などの確認を徹底すること、偽造された身分証には印刷のズレや誤字・脱字があることがあること、不審な点があれば警察に情報を提供することを求めています。
法律上の位置づけ:犯罪収益移転防止法と賃貸
犯罪収益移転防止法4条1項は、特定事業者が特定取引を行うときに、本人特定事項(氏名、住居、生年月日など)、取引を行う目的、職業などを確認する「取引時確認」を義務づけています。
宅建業者の特定取引について、国土交通省の資料「犯罪収益移転防止法の概要について」(令和8年4月)は、宅地・建物の売買契約の締結又はその代理若しくは媒介を指す、と説明しています。つまり、賃貸の仲介や管理は、この法律の取引時確認の対象ではありません。
法律上の義務がないからといって、本人確認をしなくてよいわけではありません。賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)は、7条で反社会的勢力ではないことなどを互いに確約し、10条3項でこれに反した場合は催告なしで解除できると定めています。契約の相手が本当に申込者本人であることを確かめておかなければ、こうした条項も意味を持ちません。賃貸では、自社のルールとして本人確認の水準を決め、全員に同じ手順を使うことが大切です。
申込みから契約までのチェックリスト
次の表は、申込みから契約までに確認したい項目の例です。全部を毎回行う必要はなく、自社の体制に合わせて、最低限の手順と、不審な点があったときに追加する手順に分けて決めておきます。
| 段階 | 確認すること | 確認の方法 |
|---|---|---|
| 申込み | 申込者、入居予定者、家賃の支払者が誰か | 申込書に全員を書いてもらう。違う場合は理由を聞く |
| 申込み | 内見をしない、契約を急ぐ、連絡手段が限られるなど、不自然な点 | 気づいた点を記録し、追加の確認を行う |
| 本人確認 | 本人確認書類が原本か、写真と本人が一致するか | 原本を目で見る。印刷のズレ、誤字・脱字がないか |
| 本人確認 | ICチップの情報と券面が一致するか | マイナンバーカードはデジタル庁の「マイナンバーカード対面確認アプリ」、在留カードは出入国在留管理庁の「在留カード等読取アプリケーション」でICチップの情報を読み取る。本人の同意を得てから使う |
| 勤務先・収入 | 勤務先が実在し、本人が在籍しているか | 申込書の番号ではなく、自分で調べた代表番号にかけて確認する |
| 支払い | 初期費用や家賃の振込名義が、契約者または申告された支払者と一致するか | 入金の名義を申込書と照らし合わせる |
| 契約 | 反社会的勢力の排除条項、無断転貸の禁止を説明したか | 重要事項説明と契約書の条項(標準契約書7条・8条・10条) |
| 鍵の引渡し | 鍵を受け取るのが契約者本人か | 本人確認書類を再度確認し、受領の記録を残す |
マイナンバーカードを本人確認に使う場合、個人番号を写し取らないようにします。番号法20条は、法律で認められた場合を除き、他人の個人番号を含む特定個人情報の収集・保管を禁じています。
オンラインで手続きする場合
重要事項説明や契約をオンラインで行う場合も、本人確認の考え方は同じです。画面越しに本人確認書類を見せてもらうだけでは、ICチップの確認や原本の手触りの確認ができません。鍵の引渡しなど、どこかで対面の確認を入れる、本人確認書類の写しを事前に受け取り、画面上で本人の顔と照らし合わせる、などの手順を決めておきます。
振込先変更詐欺を防ぐ
警察庁は、取引先や自社の経営者などになりすまして偽の電子メールを送り、入金を促す詐欺を「ビジネスメール詐欺」と呼び、メールで振込先口座の変更を指示する手口に注意を呼びかけています。対策として、送金に関するメールを受け取ったときは、送信元とされる取引先の担当者に、電話やFAXなどメール以外の方法で送金内容を確認するよう勧めています。
賃貸の管理会社では、次の3つの場面で起こり得ます。
| 場面 | なりすまされる相手 | 決めておく手順 |
|---|---|---|
| 入居者が家賃や初期費用を振り込む | 管理会社 | 契約時に「振込先をメールやメッセージだけで変更することはない」と書面で伝えておく |
| 管理会社が修繕業者などに支払う | 取引先の業者 | 口座変更の連絡は、登録済みの電話番号にかけ直して確認してから反映する |
| 管理会社がオーナーに送金する | オーナー | 送金先の変更は書面と電話の両方で確認し、変更前の口座にも連絡が届くようにする |
確認の電話は、変更を依頼してきたメールに書かれた番号ではなく、契約時に登録した番号にかけます。口座の変更を反映するときは、受け付けた人と反映する人を分け、2人で確認する運用にしておくと、1人の見落としで送金されることを防ぎやすくなります。
ウルスタくんでは、入金の記録やオーナーへの送金明細(管理料・修繕費を差し引いた明細)を扱えます。口座情報の変更は、ツールの中だけで完結させず、上の手順で本人に確認してから反映する、と社内の決まりにしておくと安全です。
宅建業者が詐欺に利用される手口
警察庁は令和8年(2026年)5月11日付で、国土交通省を通じて不動産業界に注意喚起を行いました。警察官を名乗る者が宅建業者に「犯罪に関与している疑いがある。身の潔白を証明するため資産調査をする必要がある」などと持ちかけ、宅建業者をだましたうえで、別の被害者を買主とする虚偽の売買契約書を作らせ、被害者から宅建業者の法人口座に多額の振込みをさせる、という手口です。
警察庁のチラシは、警察官が「法人の資産調査が必要」「契約書を作成してください」などと指示することはなく、これらはすべて詐欺だとしています。売買の事案ですが、賃貸の管理会社にも同じような電話がかかってくる可能性があります。警察を名乗る電話で、送金や契約書の作成を求められたら、その場で応じず、いったん電話を切って、自分で調べた警察署の番号にかけ直して確認します。
入居者情報の管理と漏えいしたときの対応
入居者の氏名、連絡先、口座情報が外に漏れると、それを使ったなりすましや振込先変更詐欺につながるおそれがあります。個人情報保護法23条は、個人データの漏えい、滅失、毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを求めています。
個人情報保護委員会への報告が必要になる場合
個人情報保護法26条1項と同法施行規則7条により、次のような漏えい等が発生し、又は発生したおそれがあるときは、個人情報保護委員会への報告が必要です。原則として本人への通知も必要になります(同条2項)。
- 要配慮個人情報が含まれる個人データの漏えい等(施行規則7条1号)
- 不正に利用されることにより財産的被害が生じるおそれがある個人データの漏えい等(同2号)。口座情報などがこれにあたり得ます
- 不正の目的をもって行われたおそれがある行為による漏えい等(同3号)。不正アクセスやなりすましによる持ち出しなど
- 本人の数が1,000人を超える漏えい等(同4号)
報告は、事態を知った後速やかに(施行規則8条1項)、さらに事態を知った日から30日以内(3号にあたる場合は60日以内)に行います(同条2項)。社内で、誰が判断し、誰が報告するかを決めておきます。
不審な点に気づいたとき・被害が出たとき
- 契約や鍵の引渡しを急がず、いったん手続きを止めます。止めることを申込者に伝えるときは、「確認のため」とだけ伝えます。
- 気づいた点、やり取りの日時、受け取った書類を記録し、原本や画面の保存を残します。
- 偽造の疑いがある書類や、犯罪に使われるおそれがある場合は、警察に相談します。
- 振込先変更詐欺で送金してしまった場合は、すぐに自社の取引金融機関に連絡し、あわせて警察に相談します。
- 個人情報の漏えいが疑われる場合は、前の章の報告の要否を判断します。
- 貸主や関係する取引先に経緯を伝え、同じ手口への注意を共有します。
筆者は自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を自主管理しています。自主管理の規模でも、申込みや入金のやり取りは日々発生します。担当者の勘に頼らず、表のような手順を決めて全員で同じように確認することが、詐欺を防ぐうえで現実的な方法だと考えています。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 賃貸の仲介でも、犯罪収益移転防止法の取引時確認が必要ですか。
宅建業者の特定取引は、宅地・建物の売買契約の締結又はその代理若しくは媒介とされており、賃貸の仲介や管理は対象ではありません。ただし、なりすまし入居や反社会的勢力の排除のために、自社のルールとして本人確認を行う必要があります。
Q2. 本人確認書類の写しを取るだけでは足りませんか。
写しだけでは、偽造かどうかを見分けにくくなります。原本を目で見て確認し、マイナンバーカードや在留カードであれば、ICチップを読み取るアプリで券面と照らし合わせる方法があります。出入国在留管理庁は、読取アプリを使うときは本人の同意を得たうえで在留カード等の提示を受ける必要があるとしています。
Q3. 家賃を本人以外の名義で振り込みたいと言われたら、どうすればよいですか。
家族や勤務先が支払う場合もあるため、それだけで断る必要はありません。誰が、どのような関係で支払うのかを申込書に書いてもらい、入金の名義と照らし合わせます。説明がつかない場合は、契約前に確認を重ねます。
Q4. 取引先から振込先変更のメールが届きました。どう確認すればよいですか。
メールに書かれた電話番号ではなく、以前から登録している番号にかけて、担当者本人に確認します。警察庁も、送金に関するメールを受け取ったときは、電話やFAXなどメール以外の方法で確認するよう勧めています。
出典(本文で参照している資料)
- e-Gov法令検索「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(4条1項)
- 国土交通省「犯罪収益移転防止法の概要について」(令和8年4月)
- 警察庁「ビジネスメール詐欺に注意!」
- 警察庁・高知県警察「賃貸物件の悪用を防ぐために」
- 全日本不動産協会「警察庁『法人の資産調査を名目に宅地建物取引業者がニセ警察詐欺に利用される事案に対する注意喚起について』」
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)」
- e-Gov法令検索「民法」(612条)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(23条、26条)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律施行規則」(7条、8条)
- e-Gov法令検索「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」(20条)
- 出入国在留管理庁「在留カード等読取アプリケーション サポートページ」
- デジタル庁「マイナンバーカード対面確認アプリ」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。