不動産営業の歩合給・インセンティブは自由に設計できますが、労働基準法27条の保障給、最低賃金法による時間あたりの判定、歩合給にかかる残業代、固定残業代の要件の4点を外すと、法令違反や賃金の未払いにつながります。この記事では、それぞれの条文と厚生労働省の解説を確かめたうえで、仮の数字による計算例と、制度を作る順番を説明します。
歩合給と賞与型インセンティブの違い
営業の成果に応じて払う賃金には、大きく分けて2つの払い方があります。どちらを選ぶかで、最低賃金の判定に入るかどうかが変わります。
| 払い方 | 例 | 法令上の扱い |
|---|---|---|
| 毎月の給与で払う歩合給 | 当月に受け取った仲介報酬の一定割合を、翌月の給与に加える | 出来高払制その他の請負制の賃金。最低賃金の判定に入り、残業代の計算の基礎にも入る |
| 1か月を超える期間ごとに払うインセンティブ | 四半期ごと・半期ごとの業績賞与 | 「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」として、最低賃金の判定には入らない |
厚生労働省は、歩合給制を「売上高や契約成立件数等の一定の成果に対して、定められた金額を支払う賃金制度」と説明しています。
どちらの払い方でも、賃金の決め方、計算と支払の方法、締切りと支払の時期は就業規則に書く事項です(労働基準法89条2号。常時10人以上の労働者を使用する使用者に作成・届出の義務があります)。採用のときには、賃金を含む労働条件を明示する必要があります(同法15条1項)。
労働基準法27条:歩合給には保障給が必要
労働基準法27条は「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています。成約がゼロの月でも、働いた時間に応じて一定額を払う仕組みが必要だという意味です。
金額について、厚生労働省の「スタートアップ労働条件」のQ&Aは「少なくとも平均賃金の6割程度を保障することが妥当とされています」と説明しています。あわせて、保障給を定めていない場合も法違反となるため、就業規則や労働契約などで保障給について定めておく必要がある、としています。
固定給と歩合給を組み合わせる場合は、固定給の部分が保障の役割を果たしているかを確かめます。固定給を小さくして大半を歩合給にする設計では、成約がない月の支給額がどうなるかを試算し、保障の水準と最低賃金を下回らないことを確認してください。
雇用している営業担当者の「完全歩合」
雇用契約を結んでいる営業担当者に「成約がなければ0円」という完全歩合を適用すると、27条の保障給を定めていないことになり、働いた時間があるのに賃金が0円になる月は最低賃金も下回ります。
業務委託にすれば対象外、とはかぎらない
業務委託契約にすれば労働基準法の対象外になる、と考えるのは危険です。厚生労働省は、労働者に当たるかどうかは「請負契約や委任契約といった契約の形式や名称にかかわらず」、契約の内容、労務提供の形態、報酬などから総合的に判断されると説明しています。判断の要素として、仕事の依頼を断る自由があるか、業務の進め方に指揮監督があるか、時間や場所の拘束があるか、報酬が労務の対価といえるか、が挙げられています。出社時間や担当物件を会社が決めているなら、労働者と判断される可能性があります。
最低賃金法:歩合給を含めて時間あたりで判定する
最低賃金法4条1項により、使用者は最低賃金の適用を受ける労働者に、最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません。地域別最低賃金は時間額で決まっているため、月給や歩合給は時間あたりの額に換算して比べます。
換算のルール
| 賃金の種類 | 時間あたりへの換算 | 根拠 |
|---|---|---|
| 月給(固定給) | 月額÷月の所定労働時間数(月によって異なる場合は1年間の1か月平均) | 最低賃金法施行規則2条1項3号 |
| 歩合給(出来高払制) | 賃金算定期間の歩合給の総額÷その期間に歩合給の対象として働いた総労働時間数 | 同項5号 |
| 両方がある場合 | それぞれ換算した金額の合計 | 厚生労働省「あなたの賃金を比較チェック」 |
歩合給は、所定労働時間ではなく、残業を含めた総労働時間で割る点に注意します。残業が多い月ほど、歩合給の時間あたりの額は小さくなります。
判定に入れない賃金
最低賃金法4条3項は、一部の賃金を判定に算入しないとしています。厚生労働省は、対象外の賃金として、臨時に支払われる賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金、時間外手当、休日手当、深夜手当、精皆勤手当、通勤手当、家族手当を挙げています。
このため、四半期ごとの業績賞与は判定に入りません。毎月の固定給と月払いの歩合給だけで、最低賃金を上回る必要があります。
仮の数字で計算例を示します
次の数字は説明のための仮の数字です。最低賃金額も計算のための仮の額で、実際の額は都道府県ごとに毎年改定されます。厚生労働省の「地域別最低賃金の全国一覧」で確かめてください。
| 項目 | 仮の数字 |
|---|---|
| 固定給(月額) | 150,000円 |
| 月の所定労働時間 | 160時間 |
| 当月の歩合給 | 40,000円 |
| 当月の総労働時間(法定時間外20時間を含む) | 180時間 |
| 仮の最低賃金(時間額) | 1,200円 |
固定給の時間あたりは150,000円÷160時間=937.5円、歩合給は40,000円÷180時間=約222.2円で、合計は約1,159.7円です。仮の最低賃金1,200円を下回るため、この月は不足分を払う必要があります。
成約が少ない月を想定して、固定給だけで判定しても最低賃金を下回らない設計にしておくと、毎月の確認が楽になります。
歩合給にも残業代がかかる
歩合給を払っていても、時間外労働の割増賃金(労働基準法37条)は必要です。歩合給部分の計算の基礎は、労働基準法施行規則19条1項6号により「歩合給の総額÷その賃金算定期間の総労働時間数」です。固定給と歩合給の両方がある場合は、それぞれ計算して合計します(同項7号)。
厚生労働省のQ&Aは、歩合給部分の時間外の割増賃金を「1時間あたりの賃金(歩合給の総額÷総労働時間)×割増率0.25×時間外労働時間」で示しています。固定給部分は1.25倍で計算するのに対し、歩合給部分は0.25を掛ける点が違います。
仮の数字で計算例を示します
上の例で、法定時間外労働が20時間だったとします(深夜・休日の労働はないものとします)。
- 固定給部分:937.5円×1.25×20時間=23,437.5円
- 歩合給部分:約222.2円×0.25×20時間=約1,111円
合計で約24,549円の割増賃金が必要です。「歩合給を払っているから残業代は出ない」という扱いはできません。
固定残業代を組み合わせるときの注意
営業職では、一定時間分の残業代をあらかじめ固定額で払う「固定残業代」を使う会社もあります。厚生労働省のQ&Aは、固定残業代を払う場合でも、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分を判別できるようにしたうえで払い、固定残業代が法定の方法で計算した割増賃金を下回るときは差額を払う必要がある、としています。
求人で固定残業代を示す場合、厚生労働省・都道府県労働局・ハローワークのリーフレットは、青少年の雇用の促進等に関する法律に基づく指針により、次の3点をすべて明示するよう求めています。
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
- 固定残業時間を超える時間外労働、休日労働および深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨
歩合給の一部を「残業代込み」と説明するだけでは、どこまでが割増賃金なのかを判別できません。固定残業代を使うなら、歩合給とは別の項目として、時間数と金額で区分して書くのが基本です。
法令の枠内でインセンティブを設計する手順
手順1 何に連動させるかを決める
受け取った報酬(売上)に連動させる方法は、計算が簡単で担当者にも分かりやすい方法です。一方で、広告費が多くかかった案件や値引きした案件でも、同じ率で払うことになります。粗利に連動させる方法は会社の利益と向きがそろいますが、広告費や人件費の按分ルールを担当者に説明できないと、不満の原因になります。
どちらが正しいというより、按分ルールを社内に公開して説明できるかどうかで選びます。1件ごとの粗利の出し方は案件別の採算管理で説明しています。
手順2 成約の定義と支払時期を決める
「契約日」「報酬の入金日」「引渡し日」のどれで成約とするかを決め、締切日と支払日を就業規則(賃金規程)に書きます。仲介報酬は宅地建物取引業法46条と国土交通省の報酬告示で上限が決まっているため、歩合の率は受け取れる報酬の範囲で設計します。
手順3 キャンセルや解除のときの扱いを決める
歩合給を払った後に契約が解除された場合、翌月の給与から差し引く設計を考える会社もあります。労働基準法24条1項は賃金の全額払いを定めており、賃金の一部を控除できるのは、法令に別段の定めがある場合か、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)との書面による協定がある場合です。差し引く設計にするなら、この協定と就業規則の定めが前提になります。
歩合給の支払いを報酬の入金後にするなど、支払時期の決め方で、戻しが起きにくい設計にすることもできます。
手順4 保障給・最低賃金・残業代を試算する
「成約ゼロの月」と「成約も残業も多い月」の2つの場面で、保障給、最低賃金、割増賃金を試算します。どちらの場面でも条件を満たすことを確かめてから導入します。
手順5 就業規則と労働条件通知書に反映する
決めた内容を就業規則(賃金規程)に書き、労働条件通知書にも反映します。率や計算方法を変えるときは、社員への影響が大きいため、社会保険労務士などの専門家に確認してから進めてください。
導入前の確認表
| 確認すること | 根拠 |
|---|---|
| 歩合給で働く社員に保障給を定めているか | 労働基準法27条 |
| 固定給と月払いの歩合給の時間あたりの合計が、成約ゼロの月も最低賃金以上か | 最低賃金法4条、同法施行規則2条 |
| 四半期・半期の賞与を最低賃金の判定に入れていないか | 最低賃金法4条3項 |
| 歩合給部分の割増賃金(0.25)を計算しているか | 労働基準法37条、同法施行規則19条1項6号 |
| 固定残業代を時間数と金額で区分し、超えた分を払っているか | 厚生労働省「スタートアップ労働条件」Q&A |
| キャンセル時に給与から差し引くなら、書面による協定があるか | 労働基準法24条1項 |
| 賃金の計算方法を就業規則に書いているか | 労働基準法89条2号 |
| 業務委託の営業担当者の働き方が、雇用と変わらない実態になっていないか | 厚生労働省「労働者とは」 |
集客側の費用と1件あたりの報酬上限の関係は顧客獲得コストの計算式で整理しています。歩合の率を決める前に、1件で会社に残る額を確かめておくと、率の上限が決めやすくなります。
このテーマの全体像は「不動産CRM完全ガイド|6サービス比較と導入手順」にまとめています。
よくある質問
Q1. 保障給はいくらにすればよいですか?
労働基準法27条は「一定額」とだけ定め、金額は書いていません。厚生労働省のQ&Aは、少なくとも平均賃金の6割程度を保障することが妥当としています。そのうえで、最低賃金を下回らないことが条件です。
Q2. 歩合給の割合が高い営業職は、残業代を払わなくてよいですか?
払う必要があります。歩合給部分にも割増賃金がかかり、計算の基礎は歩合給の総額を総労働時間で割った額です。固定給部分とあわせて計算してください。
Q3. 成果給を四半期ごとの賞与だけにすれば、最低賃金の判定は楽になりますか?
1か月を超える期間ごとに払う賃金は判定に入らないので、その分、毎月の固定給だけで最低賃金を上回る必要があります。賞与は成果給として使いやすい一方で、最低賃金の不足を補う役割は果たしません。
Q4. 営業担当者と業務委託(完全歩合)で契約すれば、これらの規制は関係ありませんか?
契約の名前ではなく、働き方の実態で判断されます。会社が勤務時間や担当を指示しているなら、労働者と判断される可能性があります。その場合は、保障給、最低賃金、残業代の規制がかかります。
出典(本文で参照している資料)
- e-Gov法令検索「労働基準法」(第15条・第24条・第27条・第37条・第89条)
- e-Gov法令検索「労働基準法施行規則」(第19条)
- e-Gov法令検索「最低賃金法」(第4条)
- e-Gov法令検索「最低賃金法施行規則」(第2条)
- 厚生労働省「スタートアップ労働条件」歩合給制とはどのような制度ですか?
- 厚生労働省「スタートアップ労働条件」固定残業代を支払うこととすれば、残業や休日勤務をさせても別途に残業代を支払わなくてよいでしょうか?
- 厚生労働省「あなたの賃金を比較チェック」
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
- 厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「固定残業代制を採用する場合は、募集要項や求人票などに、次の①~③の内容すべてを明示してください。」
- 厚生労働省「労働者とは」
この記事は2026年10月7日時点の情報です。