空室対策の検討に生成AIを使うと、打ち手の候補を短い時間で並べられますが、その提案が物件と地域に合っているかは、公的な統計や地図の情報と、自社の募集・反響・修繕の記録で確かめる必要があります。生成AIは、その地域の募集状況や建物の不具合を知らないまま、一般論やもっともらしい数字を出すことがあるからです。この記事では、提案を確かめるための資料、入力する情報の整理、提案ごとの確認表、オーナーへの伝え方を、宅地建物取引業法、表示規約、個人情報保護法、AI事業者ガイドライン(第1.2版)にもとづいて整理します。
生成AIの空室対策の提案をそのまま使えない理由
「築年数、間取り、駅からの距離、賃料を入れると、空室対策を提案してくれる」という使い方は手軽です。ただし、次の点に注意が必要です。
地域と物件の事情を知らない
生成AIは、周辺で同じ条件の部屋がいくらで募集されているか、どの部屋が長く空いているか、建物にどんな不具合があるかを知りません。入力しなかった事情は考慮されず、一般的な打ち手(賃料の見直し、初期費用の軽減、設備の追加など)が並ぶことが多くなります。
数字をもっともらしく作ることがある
「賃料を〇円下げれば〇週間で決まる」「この設備で反響が〇割増える」といった数字は、根拠のある予測とは限りません。総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」も、ハルシネーション(事実と異なる出力)の抑制が課題であることに触れています。生成AIが出した数字は、出典を確かめられない限り、オーナーへの提案や広告に使わないことにします。
打ち手の費用と負担の判断は人が行う
設備の更新や賃料の変更を決めるのはオーナーです。管理会社や仲介会社は、提案の根拠と費用、うまくいかなかった場合の影響を示して、オーナーが判断できるようにする立場にあります。生成AIの出力は、その材料を集める補助として使います。
提案を確かめるための資料
提案の根拠は、公的な資料と自社の記録の2つで確かめます。
公的な統計と地図の情報
- 住宅・土地統計調査(総務省統計局):住宅と世帯の状況を調べる統計です。2026年10月7日時点で直近は2023年(令和5年)の調査で、住宅及び世帯に関する基本集計は2024年(令和6年)9月25日に公表されています。地域の空き家や借家の状況をつかむときの出発点になります。
- 不動産情報ライブラリ(国土交通省):不動産の取引価格、地価公示などの価格情報、防災情報、都市計画情報、周辺施設の情報を地図で見られます。浸水などの防災情報や周辺施設の情報は、物件の弱みと強みを確かめる材料になります。
公的な統計は地域全体の傾向を示すもので、個別の部屋の賃料を決める根拠にはなりません。賃料の水準は、周辺で実際に募集されている部屋の条件や、自社と取引先の成約の記録で確かめます。
自社の記録
- 募集の記録:募集を始めた日、募集条件と変えた日、掲載した媒体
- 反響の記録:問い合わせの数と内容、内見の数、申込みの有無、見送りの理由
- 退去の記録:退去の理由、退去時の部屋の状態
- 修繕の記録:設備の交換時期、不具合の履歴、見積もり
特に、内見したお客様が申込みを見送った理由は、生成AIには分からない情報です。「設備が古い」「日当たりが思ったより悪い」といった声が記録にあれば、提案の優先順位を考える材料になります。こうした記録を、打ち手を変えた日付と一緒に残しておくことが、どの提案を採るかを判断する土台になります。
入力する情報の整え方
生成AIに相談するときは、物件の属性に加えて、上で集めた記録を要約して入力します。入力の前に次の点を確かめます。
個人情報を外す
個人情報保護委員会は、2023年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」で、個人情報を含むプロンプトを入力する場合は利用目的の達成に必要な範囲内であることを十分に確認すること、本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力する場合は機械学習に利用されないことなどを十分に確認することを求めています。空室対策の検討には、入居者や退去者の氏名、連絡先、勤務先は必要ありません。退去理由なども「単身・転勤」のように個人が分からない形にまとめてから入力します。
オーナーの情報の扱い
宅建業法45条は、業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を、正当な理由なく他に漏らすことを禁じています。オーナーの氏名、借入れの状況、収支などは、検討に必要でなければ入力しません。物件名も「築〇年・〇〇駅徒歩〇分・1K」のような属性に置き換えられます。
出力の形を指定する
「提案ごとに、根拠になる事実、確かめる方法、オーナーの費用負担、うまくいかなかった場合の影響を分けて書く。根拠のない数字は書かない」と指定すると、出力をそのまま確認表に移しやすくなります。
提案ごとの確認表
生成AIがよく挙げる打ち手ごとに、確かめる根拠と、法令・規約上の注意をまとめます。
| 提案の例 | 確かめる根拠 | 法令・規約上の注意 |
|---|---|---|
| 賃料の見直し | 周辺で募集中の部屋の条件、自社の反響と内見の記録、見送りの理由 | 変更後の条件で広告をすぐ直す(宅建業法32条) |
| 初期費用の軽減(敷金・礼金の見直し、一定期間の賃料免除など) | 同じ地域の募集条件、オーナーの収支への影響 | 適用の条件や期間を広告と契約書で正確に示す(宅建業法32条、37条2項2号・3号) |
| 設備の更新 | 見送りの理由の記録、修繕履歴、見積もり | 工事中や工事予定の設備を「設置済み」と書かない(宅建業法32条、47条1号) |
| ペット可などの条件の変更 | 区分所有建物なら管理規約、ほかの入居者との契約内容 | 変更できるかを先に確かめ、重要事項説明で用途その他の利用の制限を正しく説明する(宅建業法35条、同法施行規則16条の4の3) |
| 写真や紹介文の改善 | 現地の状態、撮影した日 | 実際より優良と誤認させる表示をしない(宅建業法32条)。成約後は速やかに取り下げる(表示規約21条) |
| 掲載先の追加 | 媒体ごとの反響の記録 | 媒体ごとに取引態様を明示する(宅建業法34条1項) |
表の「確かめる根拠」を集められない提案は、オーナーに出す前に保留にします。複数の打ち手を同時に始めると、どれが効いたか分からなくなるため、始めた日と内容を記録に残します。
入居条件に関する提案の注意
生成AIに空室対策を尋ねると、「入居審査の基準を緩める」「〇〇の方は避ける」のような、入居者の属性に関わる提案が出ることがあります。AI事業者ガイドラインは、AI利用者に向けて、入力データ又はプロンプトに含まれるバイアスへの配慮(U-3)を挙げ、AIに単独で判断させるだけでなく、適切なタイミングで人間の判断を介在させる利用を検討することにも触れています。
入居者の属性に関わる提案は、生成AIの出力を根拠に決めず、オーナーと相談のうえ、人が理由を説明できる基準で判断します。審査の判断と理由は記録に残します。審査の進め方は「入居審査の進め方」で整理しています。
オーナーへの伝え方と記録
オーナーに空室対策を提案するときは、生成AIの出力をそのまま見せるのではなく、確認表で確かめた内容をもとに、人が提案書にまとめます。
- 根拠を示す:反響と内見の記録、見送りの理由、周辺の募集条件など、提案の理由になった事実を示します。
- 費用と影響を並べる:打ち手ごとに、オーナーの費用負担と、賃料収入への影響を示します。計算例を示すときは、仮の数字であることを明記します。
- 結果を言い切らない:「これで決まります」とは書かず、「この打ち手で反響の変化を〇週間見て、次の打ち手を考える」のように、確かめ方と見直しの時期を書きます。
- 生成AIを使ったことを伝える:AI事業者ガイドラインは、関連するステークホルダーへの情報提供と説明(U-6、U-7)を挙げています。下書きに生成AIを使った場合は、その旨と、人が確かめた範囲を伝えます。
仮の数字で計算例を示します。月額賃料7万円の部屋で、賃料を月3千円下げる場合と、空室がさらに1か月続く場合を比べます。賃料を下げると年間で3千円×12か月=3万6千円の減収です。空室がさらに1か月続くと7万円の減収です。この比較は、どの打ち手を選ぶかの目安の1つにはなりますが、賃料を下げれば空室期間が縮むという保証はありません。実際の判断には、反響の記録と周辺の募集条件が必要です。
効果の確かめ方
打ち手の効果は、空室がいつ埋まったかだけで見ると、季節や偶然の影響と区別できません。次の点を決めておくと、確かめやすくなります。
- 段階ごとに見る:問い合わせ、内見、申込みのどの段階が変わったかを見ます。問い合わせが増えても内見が増えなければ、広告と現地の印象に差がある可能性があります。内見は多いのに申込みがなければ、部屋の状態や条件を見直す材料になります。
- 同じ時期と比べる:賃貸の募集は時期によって動きが変わります。前の月とだけ比べず、記録があれば前年の同じ時期とも比べます。
- 打ち手を1つずつ変える:賃料と設備と写真を同時に変えると、どれが効いたか分かりません。急ぐ場合でも、変えた日と内容を記録に残します。
- 見直しの時期を先に決める:始める前に「何週間反響を見て、変化がなければ次の打ち手に移るか」をオーナーと決めておきます。
提案した日、オーナーの判断、実施した日、その後の反響・内見・申込みの推移を、物件ごとに記録します。記録がたまると、次に同じような部屋が空いたときに、生成AIに渡す材料にも、オーナーへの説明の根拠にもなります。
筆者は宅地建物取引士で、自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を管理会社を通さず自主管理しています。空室の検討では、生成AIの提案よりも、募集を始めた日、条件を変えた日、内見の感想といった自分たちの記録のほうが判断の役に立つと考えています。ウルスタくんでは、物件・入居者の管理、募集図面(マイソク)の作成、業者間流通(ウルスタBB)、お部屋探しサイト(ヘヤスタ)への掲載をまとめて扱えるため、募集条件を変えた履歴と掲載先を同じ場所で確かめられます。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 生成AIが出した「適正賃料」をそのまま募集条件にしてもよいですか
おすすめしません。生成AIは周辺の募集状況や成約の記録を知らないまま数字を出すことがあります。賃料は、周辺で募集中の部屋の条件、自社と取引先の成約の記録、反響の記録で確かめ、オーナーが決めます。
Q2. 過去の入居者の一覧を入力して分析させてもよいですか
氏名や連絡先などの個人情報は外し、分析に必要な項目(入居期間、退去理由の区分など)だけにしてから入力します。使うサービスの規約で、入力内容が機械学習に利用されないことなどを確かめることも必要です。
Q3. 記録が少ない小さな会社でも使えますか
記録が少ないと、生成AIの提案は一般論に近くなります。まずは募集を始めた日、条件を変えた日、問い合わせと内見の数、見送りの理由を物件ごとに残すことから始めると、提案を確かめる材料がそろっていきます。
Q4. 生成AIの提案をオーナー向けの資料にそのまま載せてもよいですか
出力には確かめていない数字や一般論が含まれることがあるため、そのまま載せるのは避けます。確認表で根拠を確かめた内容を人がまとめ、生成AIを使った場合はその旨を伝えます。
出典(本文で参照している資料)
- 宅地建物取引業法(e-Gov法令検索)32条・34条・35条・37条・45条・47条
- 個人情報の保護に関する法律(e-Gov法令検索)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2023年6月2日)
- 総務省「AI事業者ガイドライン」掲載ページ
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」本編(2026年3月31日、PDF)
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 調査の結果」
- 国土交通省「不動産情報ライブラリ」
- 不動産公正取引協議会連合会「不動産の表示に関する公正競争規約」規約集(PDF)21条
この記事は2026年10月7日時点の情報です。