業務自動化やDXの投資の費用対効果は、「年間の効果額」と「年間の費用」をそれぞれ分解して見積もり、ROIと回収期間の2つの式で示すと、経営者に説明しやすくなります。不動産会社の場合、宅建業法で宅建士が行うと決められた工程や、相手方の承諾がなければ電子化できない書面、電子帳簿保存法の保存要件があるため、「どこまで自動化できるか」を先に確かめないと効果を見込みすぎます。この記事では、計算式と仮の数字による計算例、見落としやすい費用、法令上の前提、稟議書の形を順に整理します。
基本の計算式
経営者に説明するときは、計算を複雑にしすぎないほうが伝わります。次の3つの式を使います。
| 指標 | 計算式 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| 年間の純効果 | 年間の効果額 − 年間の費用 | 1年でいくら得になるか、損になるか |
| ROI(投資対効果) | (年間の効果額 − 年間の費用)÷ 年間の費用 × 100 | かけた費用に対して、どのくらいの効果があるか(%) |
| 回収期間 | 初期にかかる費用 ÷(1か月の効果額 − 1か月の利用料) | 初期の負担を何か月で取り戻せるか |
ROIは、プラスなら効果が費用を上回り、マイナスなら下回ることを示します。導入の初年度は、初期設定やデータの移行の費用がかかるため、初年度と2年目以降を分けて計算すると、実態に近くなります。回収期間は、1か月の効果額が利用料を上回らない限り計算できません。その場合は、時間以外の効果で判断するのか、導入を見送るのかを決めます。
削減時間と人件費の見積もり方
効果の中心は、多くの場合、作業時間の削減です。次の式で金額に直します。
時間の効果額 = 1回あたりの削減時間 × 年間の回数 × 1時間あたりの人件費
1回あたりの削減時間
今の作業時間を、1〜2週間ほど担当者にメモしてもらうと、感覚とのずれが分かります。導入後の時間は、試用期間に同じ作業を実際に行って測ります。販売会社の資料にある時間は、条件が自社と違うことが多いため、そのまま使わず、自社で測った値を優先します。
年間の回数
契約の更新、入金の確認、オーナーへの送金明細、重要事項説明書の作成など、業務ごとの年間の件数を、過去の記録から数えます。繁忙期と閑散期の差が大きい業務は、月平均ではなく年間の合計で見ます。
1時間あたりの人件費
給与だけでなく、賞与や会社が負担する社会保険料なども含めた年間の人件費を、年間の労働時間で割ります。担当者によって単価が違う場合は、その業務を実際に行う人の単価を使います。経営者自身が行っている業務を数えるときは、経営者の時間をどう評価するかを、先に社内で合意しておきます。
費用の側に入れるもの
費用を利用料だけで計算すると、ROIは高く見えます。次の項目も費用に入れます。
- 初期費用:導入時の設定費用、書式の作成、既存データの取り込み。
- 移行の時間:データの確認、旧い仕組みとの並行運用の期間に二重に発生する作業。
- 教育の時間:操作の説明、手順書の作成、慣れるまでの作業の遅れ。
- 運用の時間:アカウントの管理、設定の変更、問い合わせ対応。
- やめるときの費用:データの書き出し、別の仕組みへの移行。契約前に確かめておきます。
時間の費用は、効果と同じ式(時間 × 1時間あたりの人件費)で金額に直します。効果だけを時間で数え、費用は利用料だけにする、という数え方の食い違いは、見込みを甘くする代表的な原因です。
仮の数字による計算例
仮の数字で計算例を示します。実在の会社やサービスの数字ではありません。
ある会社が、賃貸借契約の更新書類の作成と送付を自動化する仕組みの導入を検討しているとします。
| 項目 | 仮の前提 | 計算 |
|---|---|---|
| 削減時間 | 1回30分の作業が10分になる。年間360回 | 20分 × 360回 = 7,200分 = 120時間 |
| 1時間あたりの人件費 | 3,000円 | 120時間 × 3,000円 = 36万円 |
| 郵送・印刷の削減 | 1通100円、年間600通 | 100円 × 600通 = 6万円 |
| 年間の効果額 | 36万円 + 6万円 = 42万円 | |
| 利用料 | 月2万円 | 年24万円 |
| 初期費用 | 設定費用10万円 | 10万円 |
| 移行・教育の時間 | 合計40時間 | 40時間 × 3,000円 = 12万円 |
この仮の数字では、次のようになります。
- 初年度の費用:24万円 + 10万円 + 12万円 = 46万円
- 初年度のROI:(42万円 − 46万円)÷ 46万円 × 100 ≒ マイナス8.7%
- 2年目以降のROI:(42万円 − 24万円)÷ 24万円 × 100 = 75%
- 回収期間:初期にかかる費用22万円(10万円 + 12万円)÷(1か月の効果3.5万円 − 1か月の利用料2万円)≒ 14.7か月
初年度はマイナスでも、2年目以降に効果が費用を上回り、1年3か月ほどで初期の負担を取り戻す、という説明になります。経営者には、初年度と2年目以降の数字を並べて見せると、判断しやすくなります。
承諾を得られる割合で効果を割り引く
書面の電子化は、後で説明するとおり相手方の承諾が前提です。仮に対象の7割の入居者から電子での受け取りの承諾を得られ、残り3割は紙で送る場合、郵送・印刷の削減は6万円 × 0.7 = 4.2万円になります。作成の手間も、紙で送る分は残ることがあります。承諾を得られる割合を、楽観・標準・慎重の3通りで計算しておくと、見込みが外れたときの幅が分かります。
自動化できる範囲を決める法令
不動産会社の業務には、法令で「誰が」「どの方法で」行うかが決められている工程があります。ここを自動化の対象に入れて計算すると、効果を見込みすぎます。
宅建士が行う工程は残る
宅地建物取引業法35条1項は、契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士に、重要事項を記載した書面を交付して説明をさせなければならないと定めています。同条5項は書面への宅建士の記名を求め、37条3項も契約締結時の書面への宅建士の記名を求めています。書類の作成を自動化できても、宅建士が内容を確かめて記名し、説明する時間は残ります。この時間は削減の対象から外します。
電子での提供には相手方の承諾が要る
重要事項説明書は35条8項、契約締結時の書面は37条4項、媒介契約書は34条の2第11項により、相手方や依頼者の承諾を得れば、電磁的方法で提供できます。35条8項では、提供は宅建士に「させる」と書かれています。国土交通省の「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明 実施マニュアル」(令和6年12月版)は、承諾は、あらかじめ電磁的方法の種類と内容を示したうえで得ること、承諾の後に受け取らない旨の申出があった場合は電磁的方法で提供してはならないこと、提供するファイルは改変が行われていないかを確認できる措置を講じることを説明しています。
費用対効果の計算では、承諾を得る手順の時間、承諾を得られない相手への紙の対応、改変を確認できる仕組み(電子署名など)の費用を、見落とさずに入れます。
帳簿と取引データの保存
宅建業法49条は、事務所ごとに業務に関する帳簿を備え、取引のあったつど記載することを求めています。同法施行規則18条2項は、必要な事項が電子計算機に備えられたファイルなどに記録され、必要に応じて事務所で明確に紙面に表示されるときは、その記録をもって帳簿への記載に代えられるとし、3項は、帳簿を各事業年度の末日に閉鎖し、閉鎖後5年間(自ら売主となる新築住宅に係るものは10年間)保存することを定めています。帳簿を電子化する場合も、印刷して表示できる状態を保ちます。
税務の面では、電子帳簿保存法7条が、所得税と法人税の保存義務者が電子取引を行った場合に、取引情報の電磁的記録を保存することを求めています。国税庁の資料(令和6年11月)は、改ざん防止のための措置(タイムスタンプ、訂正削除の履歴が残るシステム、事務処理規程の策定と運用のいずれか)、ディスプレイやプリンタ等の備付け、日付・金額・取引先での検索を、原則の保存要件として示しています。基準期間(2年または2期前)の売上高が5,000万円以下の場合は、税務調査等でデータのダウンロードの求めに応じることができれば、検索の要件は不要とされています。
電子契約や電子請求書を取り入れると、こうした保存要件への対応も同時に必要になります。対応の時間や仕組みの費用も、計算に入れておきます。
見込みが外れやすいところ
- 浮いた時間の使い道を決めていない:削減した時間は、ほかの仕事に回さなければ金額の効果になりません。導入前に、浮いた時間で何をするか(オーナーへの報告の充実、空室の対策、問い合わせへの返信の短縮など)を決めておきます。
- 並行運用が長引く:旧い仕組みと新しい仕組みを両方使う期間は、作業が二重になります。終わりの日を決めておかないと、費用だけが続きます。
- 販売会社の効果の例をそのまま使う:資料に載っている効果は、条件の良い場合の例であることがあります。自社の試用で測った値に置き換えます。
- 一部の人しか使わない:入力しない人がいると、データがそろわず、自動化の効果が出ません。使う人の範囲と入力のルールを先に決めます。
- 法令の工程を削減に入れる:前の章のとおり、宅建士の説明や記名、承諾の取得は残ります。
数字にしにくい効果もあります。特定の担当者しか分からない業務が減ること、ミスの確認がしやすくなること、記録が残ることなどです。これらは金額に無理に直さず、稟議書の別の欄に書いて、金額の効果と分けて判断してもらいます。
稟議書の形
経営者に出す資料は、1枚にまとめると判断が早くなります。次の欄を用意します。
| 欄 | 書く内容 |
|---|---|
| 目的 | 何の業務を、どう変えたいかを1行で |
| 対象の業務 | 業務名、年間の回数、今の1回あたりの時間、担当者 |
| 費用 | 利用料(月額・年額)、初期費用、移行・教育の時間を金額に直したもの |
| 効果 | 削減時間と金額、郵送・印刷などの削減。試用で測った値か、見込みかを区別する |
| ROIと回収期間 | 初年度と2年目以降を分けて。承諾を得られる割合などで3通りの幅を示す |
| 法令上の前提 | 宅建士が行う工程、相手方の承諾、保存要件など、自動化しない部分 |
| 数字にしにくい効果 | 属人化の解消、記録の残しやすさなど |
| 試用の期間と確かめること | 期間、測る項目、測り方 |
| やめる基準 | 試用の後、どの数字を下回ったらやめるか |
「やめる基準」を先に書いておくと、導入した後に効果が出なかったとき、続けるかどうかで迷う時間が減ります。
導入した後の見直し
導入の判断で使った数字は見込みです。導入した後に、同じ式で実際の数字を計算し直します。
- 試用の期間を決め、終わったら削減時間と件数を測り直す。
- 承諾を得られた割合、紙で対応した件数を数える。
- 並行運用が終わったかを確かめる。
- 見込みと実際の差を、稟議書の欄ごとに書き出す。
差が出たときは、原因が「時間の見積もり」「件数」「使っている人の範囲」「法令上の工程」のどこにあるかを分けて考えると、次の判断に生かせます。
筆者は宅地建物取引士で、自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を自主管理しています。少人数で管理をする場合、更新や入金の確認などの定型の業務に時間が取られやすく、どこから自動化するかを数字で比べることが大切だと考えています。
ウルスタくんでは、物件・入居者の管理、更新が近い契約の一覧、入金の記録、オーナーへの送金明細、賃貸借契約書・重要事項説明書など24種の書類と電子サインを、同じデータから扱えます。検討する場合も、この記事の式で自社の業務に当てはめて計算し、宅建士の工程や承諾の取得は社内の手順として残してください。
導入した後の社内への広げ方はSaaS導入の社内浸透の進め方、業務の流れの組み立ては業務自動化の流れの設計、書類の電子化はペーパーレスの進め方、仕組みの選び方はSaaSを選ぶときの確認点も参考にしてください。
このテーマの全体像は「不動産CRM完全ガイド|6サービス比較と導入手順」にまとめています。
よくある質問
Q1. ROIはどのくらいあれば導入してよいですか。
決まった基準はありません。会社の資金の余裕、ほかの投資の候補、数字にしにくい効果の大きさによって変わります。初年度と2年目以降のROI、回収期間、見込みが外れた場合の幅をそろえて示し、経営者が比べられる形にすることが大切です。
Q2. 経営者自身の時間はどう計算すればよいですか。
経営者の時間を人件費の単価で数えるか、別の評価をするかは、社内で合意して決めます。計算に入れる場合は、浮いた時間で経営者が何をするかもあわせて示すと、効果の説明に説得力が出ます。
Q3. 重要事項説明を電子化すれば宅建士の時間は減りますか。
書面の印刷や郵送の手間は減ることがありますが、宅建業法35条により、宅建士が説明し、記名することは変わりません。電磁的方法で提供する場合も、提供は宅建士にさせると定められています。宅建士の時間は削減の対象から外して計算するのが安全です。
Q4. 小さな会社でも電子帳簿保存法の要件を満たす必要がありますか。
電子取引を行えば、規模にかかわらず取引データの保存が必要です。国税庁の資料では、基準期間の売上高が5,000万円以下の場合、税務調査等でデータのダウンロードの求めに応じることができれば、検索の要件は不要とされています。改ざん防止の措置やディスプレイ等の備付けは別に必要です。
出典(本文で参照している資料)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」(第34条の2・第35条・第37条・第49条)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法施行規則」(第18条)
- e-Gov法令検索「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」(第7条)
- 国土交通省「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明 実施マニュアル」(令和6年12月版)
- 国税庁「電子帳簿保存制度特設サイト 電子取引関係」
- 国税庁「電子帳簿保存法対応!令和6年1月以降の電子取引データの保存方法について」(令和6年11月)
この記事は2026年10月7日時点の情報です。