賃貸管理 読了 14分

中小不動産会社のDXロードマップ|業務の棚卸しから書面の電子化・IT重説・電子帳簿保存法対応までの3段階の進め方

中小不動産会社のDXは、大きなシステムを一度に入れるより、業務を棚卸しし、法令で電子化が認められた手続きから1つずつ置き換えるほうが進めやすくなります。宅建業法35条・37条の電磁的方法、IT重説の条件、電子帳簿保存法の電子取引データの保存までを3段階の進め方で説明します。

馬場生悦
宅地建物取引士・賃貸不動産経営管理士
中小不動産会社のDXロードマップ|棚卸しから書面の電子化・IT重説・電帳法対応までの3段階
目次

中小不動産会社のDXは、大きなシステムを一度に入れることから始めるより、業務を棚卸しして、法令で電子化が認められている手続きから1つずつ置き換えるほうが進めやすくなります。2022年5月18日から、宅地建物取引業法の重要事項説明書や契約締結時の書面は、相手方の承諾を得れば電磁的方法で提供できるようになりました。この記事では、棚卸しの仕方、電子化できる書面と条件、IT重説、電子帳簿保存法の電子取引データの保存までを、3段階の進め方として整理します。

DXと「電子化」の違い

紙をPDFにする、押印を電子署名に変える、といった取り組みは「電子化」です。DXは、その先で仕事の流れそのものを変え、浮いた時間や集まったデータを使って、お客様への対応や経営判断を良くしていくことを指します。

ただし、中小の不動産会社がいきなり仕事の流れ全体を作り直すのは負担が大きく、途中で止まりやすくなります。現実的なのは、電子化を1つずつ積み上げ、そのたびに「前後の作業もまとめて変えられないか」を考えることです。電子化はDXの入口と考えるとよいと思います。

自社の現状を確かめる道具として、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が「DX推進指標」を案内しています。IPAは、DX推進指標を「経営者や社内の関係者がデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に向けた現状や課題に対する認識を共有し、アクションにつなげるための気付きの機会を提供するもの」と説明しています。成熟度をレベル0から5の6段階で自己診断し、結果をIPAの「DX推進ポータル」から提出すると、他社と比べたベンチマークを受け取れる仕組みです。社内で「今どこにいるか」をそろえる材料として使えます。

最初にやる業務の棚卸し

DXの最初の作業は、ツール選びではなく業務の書き出しです。誰が、どの業務に、どのくらいの頻度で、どの書類を使っているかを一覧にします。書き出すと、同じ情報を何度も転記している箇所や、紙でしか回っていない箇所が見えてきます。

一覧には、次の列を用意すると、後で電子化の順番を決めやすくなります。

列書く内容なぜ必要か
業務名例: 入居申込の受付、重要事項説明、契約更新の案内、入金の確認、オーナーへの送金粒度をそろえるため。1行に1つの業務
頻度と1回の時間月に何回、1回に何分か(だいたいでよい)どこから手をつけると効果が大きいかを比べるため
担当者主に誰がやるか、代わりにできる人がいるか特定の人にしかできない業務を見つけるため
使う書類・データ紙、Excel、メール、システム名転記や二重入力の箇所を見つけるため
法令の根拠宅建業法35条、37条、賃貸住宅管理業法13条・14条・20条など電子化の条件や、人が行う必要のある工程を確かめるため
相手方入居者、オーナー、他の業者、社内だけ相手方の承諾が要るかどうかを判断するため

時間は正確に測らなくてもかまいません。1週間だけ、各自が業務ごとにおおまかな時間をメモするだけでも、感覚と実態のずれに気づけます。棚卸しの結果は、次に何を電子化するかを決める根拠になり、システムを選ぶときの要件書の下書きにもなります。

不動産の取引と管理には、法律で交付が義務づけられた書面が多くあります。2022年5月18日に施行された宅地建物取引業法施行規則の改正などにより、宅建業法の主な書面は、相手方の承諾を得たうえで電磁的方法で提供できるようになりました。賃貸住宅管理業法の書面も、委託者の承諾を得れば電磁的方法で提供できます。

書面根拠条文電子で提供するときの条件
媒介契約書宅建業法34条の2第11項依頼者の承諾を得る
重要事項説明書(35条書面)宅建業法35条8項相手方等の承諾を得て、宅地建物取引士に提供させる
契約締結時の書面(37条書面)宅建業法37条4項・5項各号に定める者の承諾を得る
管理受託契約の重要事項説明書賃貸住宅管理業法13条2項賃貸人の承諾を得る
管理受託契約の締結時書面賃貸住宅管理業法14条2項(13条2項を準用)委託者の承諾を得る
管理業務報告書賃貸住宅管理業法20条、同法施行規則40条委託者の承諾を得る(規則40条2項以下)

国土交通省の「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明 実施マニュアル」では、承諾は、あらかじめ電磁的方法の種類と内容を相手方に示したうえで、書面または電子的な方法で得るものと説明されています。口頭で「メールでいいですよ」と言われただけでは足りません。承諾を得た記録を残す手順を、最初に決めておきます。国土交通省は承諾書の取得例も公開しています。

同じマニュアルでは、提供するファイルについて、改変が行われていないかどうかを確認できる措置を講じることも求めています。電子署名やタイムスタンプなど、改変の有無を確かめられる仕組みのあるサービスを選ぶ理由はここにあります。

電子化しても、宅地建物取引士の役割は変わりません。重要事項説明書と37条書面には宅建士の記名が必要です(35条5項、37条3項)。重要事項説明書を電磁的方法で提供する場合も、提供は宅建士に「させる」と書かれています。書面の作り方が変わっても、誰が責任を持つかは同じだと考えてください。

IT重説を始めるときの条件

テレビ会議などを使って重要事項説明を行う「IT重説」は、国土交通省の実施マニュアルによると、賃貸取引では2017年10月1日から、売買取引では2021年3月30日から本格運用に移りました。

マニュアルでは、IT重説を対面と同じに扱うための条件として、次のような点が示されています。

  • 説明を受ける人が内容を十分に理解できる程度に、映像を見られ、音声を聞き取ることができ、双方向でやりとりできる環境であること
  • 重要事項説明書をあらかじめ交付し、説明を受ける人の手元にある状態で行うこと
  • 説明の前に、映像と音声の状態を確かめること
  • 宅建士証を相手方の画面上で確認してもらい、宅建士が、相手方が宅建士証を視認できたことを確認すること(宅建業法35条4項の提示義務は、IT重説でも同じです)

マニュアルは、説明の途中で映像の視認や音声の聞き取りに支障が生じた場合、宅建士はIT重説を中断し、原因を把握して支障がない状況にしてから再開する必要があるとしています。相手方の通信環境が不安定なこともあるため、中断したときの連絡方法と再開の手順を、あらかじめ社内で決めておくと慌てずに済みます。賃貸住宅管理業法13条の管理受託契約の重要事項説明についても、国土交通省の「解釈・運用の考え方」で、映像と音声の状態や書類の事前送付などの条件を満たせば、テレビ会議等で行えるとされています。

電子帳簿保存法の電子取引データ

電子化を進めると、税金の書類の保存方法も変わります。電子帳簿保存法7条は、所得税と法人税の保存義務者が電子取引を行った場合、その取引情報の電磁的記録を保存しなければならないと定めています。国税庁は、2024年1月1日以後に行う電子取引の取引データは、電子データのまま保存する必要があると案内しています。

国税庁のパンフレットでは、請求書・領収書・契約書・見積書などを電子データで送付・受領した場合が対象とされています。電子契約で取り交わした契約書や、メールで受け取った請求書のPDFは、印刷して紙で保存するのではなく、データのまま保存します。主な要件として、改ざん防止のための措置(タイムスタンプの付与、履歴が残るシステムでの授受・保存、事務処理規程を定めて守ることなど)、「日付・金額・取引先」で検索できるようにすること、ディスプレイやプリンタ等を備え付けることが示されています。検索については、索引簿の作成やファイル名の付け方の規則で対応する方法も紹介されています。

電子契約のサービスを入れる部署と、経理の部署が別の場合、保存の方法がばらばらになりがちです。電子化を始める前に、「契約データはどこに、どの名前で保存するか」を経理担当と決めておきます。

3段階の進め方

ここまでの条件を踏まえて、中小の不動産会社が無理なく進める順番の例を示します。期間は会社の規模や体制で変わるため、目安として読んでください。

第1段階: 棚卸しとルールづくり

業務の一覧を作り、電子化の候補を3つほどに絞ります。候補は「回数が多い」「転記が多い」「相手方の承諾を取りやすい」業務から選ぶと進めやすくなります。同時に、承諾の取り方、ファイルの保存場所と名前の付け方、退職者のアカウントを止める手順など、どの業務にも共通するルールを決めます。

第2段階: 1つの業務だけを電子化する

候補のうち1つだけを選び、紙の運用と置き換えます。たとえば、更新契約の書面を電子化する、管理業務報告書をデータで送る、といった単位です。複数の業務を同時に変えると、問題が起きたときに原因が分からなくなります。1つの業務で、承諾の取得、提供、保存、相手方からの問い合わせ対応までを一通り回し、手順書に落とします。

第3段階: 広げる、つなぐ

1つ目が回り始めたら、同じルールを次の業務に広げます。この段階で、物件・入居者・オーナーの情報を1か所にまとめ、書類の作成や送金明細に同じデータを使えるようにすると、転記が減ります。ここまで来ると、空室の期間や更新の時期などの情報を経営判断に使えるようになり、電子化がDXにつながっていきます。

つまずきやすい点

  • 全部の業務を同時に変える:教える人も覚える人も足りなくなり、紙に戻りやすくなります。
  • 相手方の承諾の記録がない:後から「電子でよいとは言っていない」と言われたときに説明できません。
  • 紙を望む相手方への対応を決めていない:電磁的方法は承諾が前提なので、紙で受け取りたい方には紙で交付する手順を残しておく必要があります。
  • 補助金ありきで選ぶ:国や自治体の補助金は、年度ごとに名称や要件、対象が変わります。使う場合は最新の公募要領で確かめ、補助の有無にかかわらず必要なものかどうかで判断します。
  • データの出し方を確かめていない:サービスを替えるときに、物件や契約のデータを書き出せるかどうかを、契約前に確認しておきます。

筆者は宅地建物取引士で、自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を管理会社を通さずに自主管理しています。自主管理では、契約更新、入金の確認、修繕の手配が少人数に集中するため、どこを電子化するかの順番が大事になると考えています。

ウルスタくんでは、物件・入居者の管理、更新が近い契約の一覧、入金の記録、オーナーへの送金明細、賃貸借契約書・重要事項説明書など24種の書類と電子サインを、同じデータから扱えます。第3段階の「つなぐ」を考えるときの選択肢の1つとして検討してください。承諾の取得や宅建士の記名・説明といった手順は、どのサービスを使う場合も社内で決めておく必要があります。

このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。

よくある質問

Q1. 何から電子化するのがよいですか。

回数が多く、相手方の承諾を得やすい業務からが進めやすいです。たとえば、取引の多いオーナーとの間の管理業務報告書や、更新契約の書面などです。最初から重要事項説明のような説明を伴う手続きを選ぶより、書面の提供だけで済む業務で手順に慣れておくと、次が楽になります。

Q2. 相手方が電子での受け取りを断ったらどうなりますか。

宅建業法も賃貸住宅管理業法も、電磁的方法での提供は相手方の承諾が前提です。承諾が得られない場合は、紙の書面を交付します。電子化を進めても、紙で交付する手順と書式は残しておいてください。

Q3. IT重説の録画は必要ですか。

国土交通省の実施マニュアルでは、IT重説の実施状況を録画・録音で記録に残すことは、トラブルが起きたときの解決手段として有効と考えられるとしています。録画・録音をする場合は、利用目的をできるだけ明らかにし、宅建業者と説明の相手方の双方の了解のもとで行うこととされています。録画データには個人情報が含まれるため、保存期間と保存場所、見られる人も社内で決めておきます。

Q4. DX推進指標は中小企業でも使えますか。

DX推進指標は自己診断の形式なので、規模の小さい会社でも自社で回答できます。項目は多いため、最初はすべてを埋めることより、経営者と現場の担当者が同じ項目に答えて、認識の違いを話し合う材料にする使い方が向いています。

出典(本文で参照している資料)

この記事は2026年10月7日時点の情報です。

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