中小の不動産会社のDXは、ツールを選ぶ前に業務を棚卸しし、紙をデータに、データを一か所に集め、そのデータで日々の判断をする、という順番で進めると無理がありません。契約書類の電子化には宅建業法35条・37条の承諾の手続きがあり、メールやクラウドで受け取った請求書や電子契約のデータには電子帳簿保存法の保存ルールがあります。順番を誤ると、入れたツールを後から作り直すことになります。この記事では、4つの段階ごとにやることと法令の確認点を整理し、詳しく解説した記事への入口をまとめます。
不動産会社のDXで最初に決めること
DXという言葉は広く使われますが、中小の不動産会社にとっての中身は、次の3つに分けて考えると分かりやすくなります。
- 紙や人の記憶に頼っている情報を、データとして残すこと
- ばらばらの表計算ファイルやノートに分かれているデータを、一か所にまとめること
- まとめたデータを見て、空室、滞納、更新、修繕などの判断を早くすること
この順番を飛ばして、いきなり3つ目の「数字を見る仕組み」から作ろうとしても、元のデータが紙や個人のファイルに散らばっていれば数字は出ません。逆に、1つ目と2つ目が済めば、3つ目は表計算ソフトでも始められます。
ツールから選ばない
よくあるのは、展示会や広告で見たツールを先に契約し、そのツールに業務を合わせようとして現場が混乱する流れです。ツールは業務の流れとデータの置き場所が決まった後に、条件に合うものを選びます。選ぶときの確認点は業務システムを選ぶときの確認点にまとめています。
進める順番の全体像
| 段階 | やること | 主な法令の確認点 |
|---|---|---|
| 第1段階 棚卸し | 業務ごとに、誰が、どの情報を、どこに、紙かデータかで記録しているかを書き出す | 法令で書面や保存期間が決まっている業務を印を付けて分ける |
| 第2段階 紙とデータの整理 | 保存のルールを決め、紙をデータに置き換える範囲を決める | 電子帳簿保存法7条、宅建業法49条・同法施行規則18条 |
| 第3段階 契約書類の電子化 | 重要事項説明書、37条書面、管理受託契約の書面を電磁的方法で提供できるようにする | 宅建業法35条8項・37条4項・5項、賃貸住宅管理業法13条2項・14条2項 |
| 第4段階 データの一元化 | 物件、入居者、オーナー、契約、入金のデータを一か所にまとめ、日々の数字を見る | 個人情報保護法23条・25条 |
筆者は宅地建物取引士で、自社で賃貸住宅226戸を所有し、そのうち約100戸を管理会社を通さず自主管理しています。自主管理でも、入金、修繕、更新、退去の情報が散らばると確認に時間がかかるため、この順番で整理する考え方は会社の規模を問わず使えます。
第1段階:業務の棚卸し
最初にやるのは、今の業務を書き出すことです。賃貸の仲介と管理であれば、次のような流れに分けると漏れが少なくなります。
- 募集(物件情報の登録、募集図面の作成、ポータルへの掲載)
- 反響対応と内見
- 申込みと入居審査
- 重要事項説明と契約
- 入居中(家賃の入金確認、問い合わせ、修繕の手配)
- 更新
- 退去と精算
- オーナーへの報告と送金
棚卸し表に書く項目
| 項目 | 書く内容 |
|---|---|
| 業務名 | 例:家賃の入金確認 |
| 担当 | 誰が行っているか。1人しか分からない業務は印を付ける |
| 使う情報 | 入居者名、部屋番号、家賃額、入金日など |
| 記録の場所 | 紙の台帳、表計算ファイル、メール、個人のスマートフォンなど |
| 同じ情報を入力する回数 | 申込書から台帳、台帳から契約書、契約書から入金表へと何度も写していないか |
| 法令の決まり | 書面の交付、記名、保存期間など、法令で形が決まっているか |
優先順位の付け方
書き出した業務のうち、次に当てはまるものから手を付けます。
- 同じ情報を何度も書き写している業務(写し間違いが起きやすい)
- 1人の担当者しか分からない業務(休みや退職で止まる)
- 期限があり、遅れると影響が大きい業務(更新の案内、家賃の督促、オーナーへの送金)
反対に、法令で書面の形や手続きが決まっている業務は、急いで電子化せず、第3段階で手順を確かめてから進めます。中小の会社が小さく始める進め方は中小不動産会社のDXロードマップでも解説しています。
第2段階:紙とデータの整理
棚卸しが済んだら、何を紙で、何をデータで保存するかを決めます。ここで外せないのが電子帳簿保存法と宅建業法の帳簿のルールです。
電子取引のデータは、データのまま保存する
電子帳簿保存法7条は、所得税と法人税の保存義務者が電子取引を行った場合、その取引情報の電磁的記録を保存しなければならないと定めています。国税庁のパンフレットは、請求書、領収書、契約書、見積書などに関する電子データを送ったり受け取ったりした場合がこれに当たるとし、保存の要件として次の3つを示しています。
- 改ざん防止のための措置をとること(事務処理規程を定めて守る方法もあります)
- 「日付・金額・取引先」で検索できること
- ディスプレイやプリンタ等を備え付けること
同じパンフレットでは、基準期間の売上高が5,000万円以下の場合は、税務調査で電子取引データのダウンロードの求めに応じられるようにしておけば検索の要件が不要になること、システム等の整備が間に合わないなど相当の理由がある場合の猶予があることも説明されています。電子契約のサービスで交わした契約書や、メールで受け取った修繕業者の請求書もこの対象になり得るため、保存先と名前の付け方を先に決めておきます。詳しくは不動産の電子帳簿保存法対応をご覧ください。
宅建業法の帳簿もデータで持てる
宅建業法49条は、事務所ごとに業務に関する帳簿を備え、取引のつど年月日や物件の所在・面積などを記載するよう定めています。同法施行規則18条2項は、これらの事項が電子計算機のファイル等に記録され、必要に応じて事務所で紙面に明確に表示できるときは、その記録で帳簿への記載に代えられるとしています。同条3項により、帳簿は各事業年度の末日で閉鎖し、閉鎖後5年間(自ら売主となる新築住宅に係るものは10年間)保存します。システムを替えるときも、この期間のデータを読める状態で残す必要があります。
紙の書類をスキャンして整理する手順は不動産のペーパーレス化にまとめています。
第3段階:契約書類の電子化
重要事項説明書と契約書面(37条書面)は、宅建業法で交付と宅地建物取引士の記名が求められている書類です(35条5項、37条3項)。電磁的方法で提供するには、条文に沿った手続きが必要です。
宅建業法35条8項・37条4項・5項の電磁的方法
35条8項は、書面の交付に代えて、相手方等の承諾を得て、宅地建物取引士に書面に記載すべき事項を国土交通省令で定める電磁的方法で提供させることができると定めています。37条は、売買・交換の書面(1項)について4項で、貸借の書面(2項)について5項で、承諾を得て記載事項を電磁的方法で提供できるとしています。
国土交通省の「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明実施マニュアル」(令和6年12月版)は、運用の要点を次のように示しています。
- 承諾を得る前に、提供に使う電磁的方法の種類と内容を示すこと。承諾は書面または電子的な方法で得ること
- 承諾の後でも、相手方から電磁的方法による提供を受けない旨の申出があったときは、電磁的方法で提供してはならないこと
- 記載事項が改変されていないかを確認できる措置を講じること
- 相手方がファイルの記録を出力して書面を作成できるものであること
同マニュアルは、オンラインでの重要事項説明(IT重説)について、映像を視認でき音声を聞き取れ、双方向でやり取りできる環境で行うこと、実施に先立って重要事項説明書を交付すること、宅地建物取引士証を提示することも示しています。実際の手順はIT重説の完全マニュアルで解説しています。
管理受託契約の書面も電磁的方法で提供できる
賃貸住宅管理業法13条1項は、管理受託契約を結ぶまでに、オーナーに書面を交付して重要事項を説明するよう定め、同条2項でオーナーの承諾を得て電磁的方法で提供できるとしています。契約締結時の書面(14条1項)にも同条2項で準用されます。オーナー向けの書類も、承諾の取り方と記録の残し方を入居者向けと同じ形にそろえておくと運用が楽になります。
印紙税についての誤解
電子契約の利点として印紙代の節約が挙げられることがありますが、賃貸の場合は注意が必要です。国税庁のタックスアンサー(No.7106)は、建物の賃貸借契約書は印紙税の課税対象とならないとしています。ただし、敷地についての賃貸借契約であることが明らかな場合や、保証金などの返還の特約があり消費貸借に関する契約書に当たる場合は課税されることがあるとしています。電子化の効果を説明するときは、印紙税ではなく、郵送や来店の手間、保管の手間で考えるほうが正確です。
第4段階:データを一か所に集めて使う
紙がデータになり、契約書類も電子で扱えるようになったら、物件、入居者、オーナー、契約、入金のデータを一か所に集めます。ここで同じ入居者が2つの台帳に別々の表記で入っている、といった重複を整理しておくと、後の集計が正確になります。
クラウドに置くときの個人情報の確認
入居者やオーナーの氏名、連絡先、口座の情報をクラウドサービスに置く場合、個人情報保護法の確認が必要です。個人情報保護委員会のQ&A(7-53)は、クラウドサービス提供事業者が個人データを取り扱うこととなっているかどうかが判断の基準であり、取り扱う場合は本人の同意を得るか、委託として25条に基づく監督を行う必要があるとしています。25条は、個人データの取扱いを委託する場合に、委託先に対して必要かつ適切な監督を行うよう定めています。あわせて23条は、漏えい、滅失、毀損の防止などの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じるよう求めています。
毎日見る数字は少なくてよい
データが一か所に集まれば、空室の数と空室期間、今月の入金予定と未入金、2か月以内に更新を迎える契約、対応中の修繕の件数といった数字が、担当者に聞かなくても分かるようになります。最初から多くの指標を並べるより、毎日または毎週、実際に見て行動につなげる数字を少数に絞るほうが続きます。協力業者の仕事を数字で見る方法は外部パートナーのKPI管理で解説しています。
外部の会社との分担
DXを進めると、写真撮影、清掃、夜間の入居者対応、記帳など、どの業務を社内に残し、どれを外に任せるかを見直す場面が出てきます。賃貸住宅管理業法15条は、委託を受けた管理業務の全部を他の者に再委託することを禁じています。個人データを外部に渡す場合は、前述の個人情報保護法25条の監督も必要です。判断の手順は業務委託か自社運用かの判断フレームに、新しい協力業者を受け入れる手順は協力業者の受入れにまとめています。
つまずきやすい点
一度に全部を入れ替える
すべての業務を同じ日に新しい仕組みへ切り替えると、問題が起きたときに原因が分からず、紙の運用に戻ってしまいがちです。棚卸しで優先度を付けた業務から1つずつ切り替え、前の方法と並行する期間を決めておきます。
古いデータの移し替えを後回しにする
新しい仕組みに過去の契約や入金履歴が入っていないと、結局古いファイルも見ることになり、二重管理が続きます。どこまでのデータを移すか、移さないデータをどこにどれだけの期間残すかを、切り替えの前に決めます。
承諾の記録が残っていない
重要事項説明書などを電磁的方法で提供した後に、承諾を得た記録が見つからないと、手続きの適否を説明できません。承諾の取得方法と保存場所を手順に組み込みます。
全員が管理者の権限を持っている
操作に慣れるまでの便宜で全員に管理者権限を渡したまま運用が始まると、誤削除や退職者のアクセスが残る原因になります。役割ごとに権限を分け、退職時の手順を決めておきます。
段階ごとの確認表
| 段階 | 確認すること | 根拠・参考 |
|---|---|---|
| 第1段階 | 業務ごとの担当、情報、記録の場所、入力の回数を書き出した | 社内の棚卸し |
| 第1段階 | 法令で書面や保存期間が決まっている業務に印を付けた | 宅建業法35条・37条・49条、賃貸住宅管理業法13条・14条 |
| 第2段階 | 電子取引のデータの保存先、検索の方法、改ざん防止の方法を決めた | 電子帳簿保存法7条、国税庁パンフレット |
| 第2段階 | 帳簿を電子で持つ場合に、紙面に表示できる状態で5年(または10年)残せる | 宅建業法施行規則18条2項・3項 |
| 第3段階 | 承諾の前に方法の種類と内容を示し、承諾の記録を残す手順がある | 宅建業法35条8項・37条4項・5項、国交省マニュアル |
| 第3段階 | 電磁的方法を受けない旨の申出があったときに紙に戻す手順がある | 国交省マニュアル |
| 第4段階 | クラウド事業者が個人データを取り扱うかを規約・契約で確かめた | 個人情報保護委員会Q&A 7-53、個人情報保護法25条 |
| 第4段階 | 役割ごとの権限と退職時の手順を決めた | 個人情報保護法23条 |
ウルスタくんは、物件・入居者の管理、更新が近い契約の一覧、入金の記録、オーナーへの送金明細(管理料・修繕費を差し引いた明細)、書類(賃貸借契約書・重要事項説明書など24種)と電子サインを1つのサービスで扱えます。第4段階でデータを一か所に集める際の候補の1つとして検討してください。どのサービスを選ぶ場合も、上の確認表と、契約前の確認点を先に確かめることをおすすめします。
このテーマの全体像は「不動産の業務効率化ガイド2026|5段階の進め方と法令チェックポイント・関連記事一覧」にまとめています。
よくある質問
Q1. 小さな会社でもDXは必要ですか。
大がかりなシステムが必要という意味ではありません。紙と個人のファイルに散らばった情報を整理し、担当者が休んでも業務が止まらない状態にすることは、会社の規模にかかわらず役に立ちます。第1段階の棚卸しは、表計算ソフトで始められます。
Q2. 重要事項説明書をメールで送るだけで電子化できますか。
宅建業法35条8項は、相手方等の承諾を得て、国土交通省令で定める電磁的方法により宅地建物取引士に提供させることを求めています。国交省のマニュアルは、承諾の前に方法の種類と内容を示すこと、改変されていないかを確認できる措置、出力して書面にできることなどを示しています。これらを満たす手順になっているかを確かめてください。
Q3. 電子契約にすれば賃貸借契約の印紙代が減りますか。
国税庁のタックスアンサー(No.7106)によれば、建物の賃貸借契約書はもともと印紙税の課税対象ではありません。土地の賃借権の設定に当たる場合や、消費貸借に関する契約書に当たる場合などの例外があるため、個別の契約は確認が必要です。
Q4. どの段階から外部の専門家に相談すべきですか。
電子帳簿保存法の保存方法は税理士に、契約書類の電子化の手順や個人情報の委託契約は弁護士に確認すると安心です。自社で判断に迷う点を、棚卸しの段階で書き出しておくと相談が早く済みます。
出典(本文で参照している資料)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法」(第35条・第37条・第49条)
- e-Gov法令検索「宅地建物取引業法施行規則」(第18条)
- e-Gov法令検索「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」(第7条)
- e-Gov法令検索「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」(第13条・第14条・第15条)
- e-Gov法令検索「個人情報の保護に関する法律」(第23条・第25条)
- 国土交通省「重要事項説明書等の電磁的方法による提供及びITを活用した重要事項説明実施マニュアル」(令和6年12月版)
- 国税庁「電子帳簿保存法 電子取引データの保存方法をご確認ください」
- 国税庁 タックスアンサー No.7106「建物の賃貸借契約書」
- 個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドラインQ&A」7-53(クラウドサービスの利用)
この記事は2026年10月7日時点の情報です。