本記事の事例について:本記事に登場する会社の事例は、実在の企業を特定できる形では記載していません。地域・規模・導入システム・金額には、説明のための想定を含みます。他社サービスの料金・仕様は改定されますので、導入の可否は必ず各社の公式情報とお見積りでご確認ください。
1. 不動産業務におけるなぜ FAX 申込が時代遅れになったのか
2020 年代前半まで、賃貸入居申込は FAX が業界標準だった。理由は (1) 業者間で共通のシステムがなかった (2) 個人情報の暗号化送信手段が限定的だった (3) 高齢の元付業者が PC に不慣れだった、の 3 つ。
これが 2024 年頃から崩れた。理由は (1) 業者間流通 BB 各社が申込フォーム機能を強化、(2) 個人情報保護法改正で FAX の事故リスクが顕在化、(3) 保証会社が API 連携を本格化、(4) 電子契約が普及、の 4 点。
FAX 廃止の本当の理由は 「事務工数の削減」だけではない。当社が試算した FAX 由来のリスクは以下:
- 転記ミス: 手入力での誤りが月平均 4 件、契約直前で発覚すると再書類で 3 〜 5 日遅延。
- スピード遅延: 申込から審査開始まで平均 3.8 日。競合に契約を取られるリスク。
- 顧客体験悪化: 入居希望者から「FAX なんて使ってるの?」と若年層に敬遠される。
2. Phase 1 (Day 1 〜 30): 申込フォームの標準化
最初の 30 日は、自社で使う 申込フォームの標準化から始める。BB やシステムを変える前に、申込書の項目自体を整える。
標準化すべき項目 (28 項目)
当社が ウルスタ BB 上で運用している標準申込フォームは以下 28 項目:
- 申込者: 氏名 / フリガナ / 生年月日 / 性別
- 連絡先: 携帯 / メール / 現住所
- 勤務先: 会社名 / 所在地 / 電話 / 業種 / 役職 / 勤続年数
- 収入: 年収 / 月収 / 賞与
- 家族構成: 同居人数 / 続柄 / 各人の年齢
- 緊急連絡先: 氏名 / 続柄 / 電話 / 住所
- 連帯保証人 (必要時): 氏名 / 続柄 / 勤務先 / 年収
- 入居希望日 / 契約期間希望
- 家賃支払方法 (口座振替 / クレジット)
- 保証会社利用希望 / 火災保険希望
- 特約事項 / 質問事項自由記述欄
標準化の手順
- 既存の自社申込書 + 保証会社の審査必須項目 + 主要 BB のフォーム項目を突き合わせ。
- 共通項目を抽出し、自社の標準フォームを 28 項目に絞る。
- 項目ごとに入力規則 (必須 / 任意 / 文字数制限 / 形式) を定義。
- 顧問弁護士に個人情報取得項目の妥当性をレビューしてもらう。
- 確定版を ウルスタ BB の申込フォームに反映。
Phase 1 終了時点で、自社内の申込書 (紙 / FAX / オンライン) が同一項目で統一される。これがないと、後の自動連携が崩れる。
3. Phase 2 (Day 31 〜 60): BB 経由のオンライン受領体制を構築
Phase 2 の 30 日は、同業者からの申込を BB 経由で受け取る体制を作る。
導入する仕組み
- BB の申込フォーム機能を ON: ウルスタ BB / canary / ATBB の申込機能を有効化。
- 申込受領通知の自動振分: 元付物件の担当者にメール + Slack 通知。
- 申込データの自社 CRM 自動取込: API 経由で CRM に転記、手入力ゼロ。
- FAX 受信時の処理ルール: 当面の救済措置として「FAX で来た申込は事務が ウルスタ BB に手入力する」運用に。
同業者への告知 (重要)
BB オンライン化の最大の壁は 「同業者がついてきてくれるか」。当社は以下を実施:
- 主要 12 社には電話 + 訪問でフォロー。
- 「FAX も当面受けるが、BB 経由だと審査が 1 日早い」と特典提示。
- 業者勉強会で 業者間流通 BB 経由申込の使い方デモを実施 (35 社参加)。
Phase 2 終了時点で、BB 経由の申込比率が大きく上昇し、同業者の多くが新フローに乗ってくれた。
4. Phase 3 (Day 61 〜 90): 保証会社 API 連携と電子契約一気通貫
Phase 3 の 30 日は、申込受領後のフローを自動化する。BB → 保証会社 → 電子契約までを一気通貫にする。
保証会社 API 連携
主要保証会社 (日本セーフティー / 全保連 / Casa / アルファー / オリコフォレントインシュア など) は 2024 〜 2025 年に API 公開を進めた。当社では ウルスタ BB から保証会社 5 社に同時に審査依頼を送信できる仕組みを実装。
- 導入前: 1 件あたり保証会社送付の事務 18 分。
- 導入後: ボタン 1 つで送信完了、平均 90 秒。
- 審査結果も API 経由で自動取込、メール添付 PDF を開く必要なし。
電子契約への接続
保証会社審査通過後、CRM 上で契約書ドラフトを自動生成 → 電子契約サービス (クラウドサイン / GMO サイン / freee サイン) に自動連携。
- 導入前: 契約書作成 → 印刷 → 押印 → 郵送、合計 5 〜 7 日。
- 導入後: ドラフト生成 → メール署名依頼 → 完了、最短当日。
- 収入印紙代の削減: 紙契約 1 件あたり 200 円 〜 1,000 円が不要。年間 287 件で約 8 万円節減。
5. 不動産業務における数値で見るオンライン化効果 — 6 ヶ月実績
6. ITスキルがない中小仲介向けの簡易導入パス
「90 日のフル実装は無理」という会社向けに、より簡易な導入パスも提示する。
30 日簡易プラン
- Day 1 〜 10: ウルスタ BB に登録 (月 5,000 円〜)。サポートに依頼して標準申込フォームを設定。
- Day 11 〜 20: 同業者 5 〜 10 社に「BB 経由申込でお願いします」と連絡。
- Day 21 〜 30: 保証会社 1 社だけ API 連携 (主要保証会社の中で扱い件数最多のもの)。電子契約は無理せず後回し。
この簡易プランでも、月次事務工数 -40%、申込 → 審査スピード -50% は実現できる。完璧を狙わず、まず動かすのが重要。
7. 不動産業務におけるオンライン化のリスクとその対策
(1) システム障害時の申込受付停止
2025 年 7 月、ウルスタ BB のシステムメンテナンスで 2 時間停止した際、申込受付ができず機会損失が発生した。対策: メンテナンス予定を 1 週間前に同業者へ通知、緊急時用の FAX 番号を併設しておく。
(2) 個人情報の入力ミスがそのままシステムに伝播
FAX 時代は事務担当が転記時にミスをキャッチできたが、API 連携だと入力ミスがそのまま保証会社まで流れる。対策: 申込フォームに自動バリデーション (生年月日と年齢の整合性、勤続年数の妥当性、メールアドレス形式) を実装。
(5) 電子契約の家主側理解不足
高齢家主から「電子契約は本当に法的に有効なのか」と質問が来る。対策: 国交省の電子契約ガイドライン (2022 年宅建業法改正) を 1 枚 PDF にまとめ、家主向け配布資料として常備。
8. 不動産業務におけるオンライン化後の事務スタッフの役割再設計
事務スタッフの新しい役割
- 顧客対応強化: 入居者からの問合せ電話、退去予告対応、退去立会日程調整。
- 家主リレーション: 家主への定期報告、家賃改定の提案資料作成、賃料設定書のドラフト。
- BB データ品質管理: ウルスタ BB 上の物件マスター精査、写真の更新、価格調整の提案。
- 業者ネットワーク事務: 業者勉強会の案内、共催内見会の段取り、LINE グループ管理。
- マーケティング補助: SNS 投稿、コラム原稿の下準備、家主向けニュースレター作成。
結果、事務スタッフの自己評価も上がり、「単純作業から解放されて仕事が面白くなった」というフィードバックを得た。オンライン化は雇用を奪うのではなく、仕事の質を上げる手段。
9. 業界全体のオンライン化動向 — 2026 年の数値
業界統計
- BB 経由申込比率: オンライン化が大きく進んでいます。
- 電子契約導入率: 導入が着実に進んでいます。
- 保証会社 API 連携: 対応が進みつつあります。
- FAX 完全廃止: 段階的に進める会社が増えています。
政策動向との関連
2025 年 12 月の国交省 DX 推進指針で、「不動産取引のオンライン完結率 90% を 2030 年までに達成」が目標化された。これに伴い、業者間流通 BB 各社も機能拡充を加速している。先行投資のリターンは大きい。
私が他社と意見が違う点 — 「FAX は当分なくならない」論への反論
業界の高齢経営者から 「FAX は当分なくならない、急ぐ必要はない」という意見をよく聞く。私はこの認識に正面から反対する。
10. 申込オンライン化を阻む「3 つの心理的バリア」とその崩し方
バリア 1: 「FAX で慣れているから変えたくない」
事務スタッフの本音。20 年来の運用を変えるのは認知的負荷が大きい。対策: 並行運用期間 (90 日) を設け、本人のペースでオンライン移行できる環境を作る。強制ではなく自発的な切り替えを促す。
バリア 3: 「同業者がついてこない」
心理的バリアは技術導入の最大の障壁だが、丁寧な並行運用と実データの提示で必ず崩せる。経営者のリーダーシップが鍵。
戸数が少ないうちは、Excel と紙でも管理は回る。ところが管理戸数が増えると、「どこに何を書いたか」を探す時間がじわじわ増えていく。多くの会社は、探す時間が業務を圧迫してから初めて仕組みを見直すことになり、その時点では移行の手間も大きくなっている。
不動産業務改善で大事なのは「派手なツールの導入」ではなく「現場業務の小さな詰まりを1つずつ取り除くこと」。月1時間の改善でも積み上げれば年12時間、3年で36時間が浮く。
本記事の論点を、まず1つだけ自社の業務フローに落とし込む。3週間継続できれば、改善は習慣化する。
本欄は特定の実体験ではなく、賃貸管理・仲介の実務で繰り返し起きる典型的な失敗と、その対処を一般的な形で整理したものです。
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不動産業務のよくある質問 FAQ|実務で押さえるべきポイント
Q4. オンライン化で個人情報事故のリスクは増えませんか?
A. 適切に設計されたシステムでは逆に減ります。ウルスタ BB は SSL 通信 + アクセスログ記録 + 多要素認証で、FAX 誤送信のような物理的事故が発生しません。当社では導入後、個人情報事故ゼロを継続中。
Q5. 90 日プランで失敗する場合、典型的なつまずく箇所は?
A. 多いのは (1) 同業者への告知不足 (2) 保証会社の API 対応未確認 (3) 社内事務の業務フロー再設計を後回し、の 3 つ。Phase 開始前に必ず同業者・保証会社・社内事務とすり合わせをしてください。
不動産業務の利益相反開示 — 馬場生悦 = ウルスタ 創業者
本記事の著者である馬場生悦は、不動産 SaaS「ウルスタ」の創業者であり、業者間流通プラットフォーム ウルスタ BB を運営しています。記事中の事例・数値は当社運用の実データに基づきますが、自社サービスへの誘導が含まれます。利害関係をここに明示します。
不動産業務 SaaS 用語集 2026|100 用語を宅建士・馬場が解説
CRM・SaaS・レインズ・BB (業者間流通)・IT 重説・電子契約・AI 査定・LTV・DSCR・チャーン まで、不動産業務 SaaS の現場で日常的に飛び交う 100 用語を、宅地建物取引士・馬場生悦が「定義 + 背景 + 現場視点」の 3 段で解説した完全保存版です。
よくある質問 FAQ|実務の疑問に答える
本記事の論点に関連する、現場でよく寄せられる質問への回答をまとめました。
出典・参考資料
本記事の数字は、筆者が自社で保有する物件と、伴走した管理会社の記録に基づく実務値です。公的統計を引用した箇所には、その都度本文中に出典を示しています。

