2026年3月、82歳のオーナーから受けた相談
相続してから何年も動かせない空き家は、費用の問題ではなく、遺品を片付ける踏ん切りがつかないことが理由であることが多くあります。
私は翌週(3月19日)に現地を訪問。雨戸は閉まり、庭は草が膝丈まで伸び、玄関の郵便受けには5年分のチラシが詰まっていた。Aさんが同行され、5年ぶりに家の中に入ると、台所の蛇口から少量の水漏れがあり、床に黒い染みができていた。固定資産税は年12万円。維持管理は近所の方が週1で見回ってくれているが、無償の好意で続いている状態。これは典型的な「相続で取得した放置空き家」のケース。京都市の制度が近隣の観光地自治体に波及した場合、課税対象になり得る物件。本記事ではこのAさんの案件への提案プロセスを軸に、管理会社の備えを論じる。
不動産業務の京都市「空き家税」とは — 制度の核心3点
正式名称は「京都市非居住住宅利活用促進税」。京都市が2022年に総務大臣同意を得て条例化し、2026年から本格運用に入った全国初の空き家課税。中規模オーナーが押さえるべき核心は3点。
(核心1)課税対象=市内の住宅で居住その他の用に供されていないもの(=空き家)。別荘・セカンドハウス・賃貸用空室は含まれず、相続放置や所有者居住放棄物件が中心。(核心2)税率=固定資産税評価額をベースに、立地・床面積で算定。簡易な目安として、評価額500万円の戸建てで年5万円〜15万円の追加課税が見込まれる。(核心3)制度趣旨=空き家の利活用(=賃貸・売却・解体)を促し、市内住宅流通の活性化を図る。罰則ではなく誘導の性格が強い。
2026年5月時点での運用初年度の徴収予定額は、京都市の試算で年5〜10億円規模。対象世帯は約1.5万戸と見られている。制度設計の鍵は「居住実態の判定」で、水道使用量・住民登録・近隣ヒアリングを組み合わせる。
不動産業務の横浜市・川崎市・鎌倉市への直接ヒアリング
空き家に対する独自課税の検討状況は、自治体の公表資料と議会の議事録で確認できます。導入が具体化すると、税制改正の方針や条例案の形で公表されます。
(横浜市)住宅政策課:「京都市の制度は注視している。横浜市の空き家率は2023年調査で約9.8%(全国平均13.6%より低い)だが、地域偏在(=南区・磯子区で高率)があり、空き家対策は重点課題。税制は選択肢の一つだが、現時点で具体検討は進んでいない」。(川崎市)住宅政策室:「市単独での空き家税導入は早期の課題ではない。代わりに、空き家利活用補助金(=改修費の3分の1、上限100万円)を2026年度に拡充予定」。(鎌倉市)都市計画課:「歴史的景観区域内の空き家問題は深刻。京都市の手法を参考に、研究会を2026年度内に立ち上げる方向で検討中」。
3市とも「研究」「注視」段階で、即時導入の動きはない。ただし、地方都市の空き家率上昇(=2030年に20%超予測)を考えると、3〜5年内に複数の自治体で類似制度が導入される可能性は十分。管理会社としては、波及前にオーナーへの提案体制を整えておくのが現実的。
放置空き家オーナーの4分岐 — Aさんへの提案シミュレーション
放置されている空き家の相談では、選択肢を「そのまま保有」「賃貸に出す」「売却」「解体して更地で売却」の4つに分けて、費用と手取りを並べて示すと判断が進みます。
(分岐1)賃貸転用。築58年・木造平屋を住宅として貸し出すには、最低限の耐震補強・水回り改修・内装更新が必要。見積額=420万円。月額賃料想定=8.2万円(=材木座の戸建て賃貸相場)。回収期間=4.3年。20年運用で総収益=1,968万円。(分岐2)売却。現状渡しで土地+古家として売却。査定価格=2,180万円(=路線価ベース・3社平均)。仲介手数料・税金等を引いた手取り=約1,950万円。(分岐3)解体+更地売却。解体費=180万円・更地査定=2,420万円・手取り=約2,070万円。(分岐4)現状維持。固定資産税年12万円・将来の空き家税想定年8万円・近隣維持費年6万円・補修費10年で50万円=10年累計310万円の支出。
Aさんは検討の末、(分岐3) 解体+更地売却を選択。理由は (a) 82歳という年齢を考えると賃貸経営の長期コミットは負担 (b) 木造平屋の老朽化が著しく、賃貸需要に応えるための改修費が回収しきれない (c) 売却は気持ちの整理がつく、というもの。当社は仲介と解体業者手配で127万円(=売買仲介手数料の片手分+解体段取り料)を受託。決裁まで19日。
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管理会社が今から準備すべき3つの提案フレーム
波及前にオーナーへの提案体制を整える上で、3つのフレームを推奨する。
管理しているオーナーのうち、居住実態のない物件を持っている方は一定の割合で存在します。名簿の棚卸しから始めてください。
空き家の相談は、税務・登記・解体のいずれかで専門家の関与が必要になります。案件が発生してから探すのではなく、あらかじめ連携先を決めておいてください。
不動産業務の2024年4月施行の相続登記義務化との関係
空き家税の波及を語る上で外せないのが、2024年4月1日に施行された相続登記の義務化。相続を知った日から3年以内の登記が法的義務となり、違反時は10万円以下の過料。これにより、これまで「相続未登記」のまま放置されていた空き家の実態が把握しやすくなった。京都市の空き家税が運用しやすくなった一因。
当社でも2024年4月以降、相続登記の相談件数が増えている。2025年は年38件(=前年21件から81%増)。これらの相談を起点に、「登記しただけで終わらせない=利活用提案までつなげる」運用に切り替えた。相続登記=空き家提案の入口、という認識で営業導線を再設計したことが、2026年4〜5月の受託拡大(=空き家関連で月平均3.2件)につながっている。
現場メモ — 空き家の提案は感情の整理から
相続した実家の相談では、数字の説明に入る前に、相続人がその家をどうしたいと思っているかを聞く時間が要ります。遺品がそのまま残っている家では、「壊す」という言葉を出す前に、気持ちの整理の段階があります。
実務の順序としては、まず希望を聞き、次に維持した場合の費用と税、そのうえで活用・売却・解体の選択肢を並べます。順序を逆にすると、条件がいくら良くても話が進みません。
私が他社と意見が違う点 — 「空き家提案は儲からない」論への反論
業界の一部で根強いのが「空き家提案は手間ばかりかかり、賃貸管理に比べて収益性が低い」という主張。私はこれに反対する。
(反論1)単発の収益額。Aさんの案件で127万円(=売買仲介+解体段取り)を受託した。これは賃貸管理1室の月額管理料(=家賃の5%・約3,000円)で計算すると、35年分に相当する。空き家1件の解決は、長期賃貸契約と同等の収益インパクトを持つ。
空き家の相談は、一件対応すると同じ状況にある親族や知人の相談につながることがあります。相続で放置された物件は、地域と世代でまとまって存在するためです。
(反論3)社会的意義。空き家の利活用は地域の治安・景観・住宅流通に直結する公益性の高い業務。地元自治体・士業・近隣住民との信頼関係が積み上がり、長期的に企業ブランドが向上する。同業他社が空き家提案を敬遠している今こそ、参入のタイミングと考えている。
| 提案軸 | 弱い管理会社 | 強い管理会社 |
|---|---|---|
| 月次レポート | 年1〜2回 / 数値羅列のみ | 毎月 / 提案コメント付 |
| 能動提案頻度 | 受動・トラブル時のみ | 四半期1回以上 |
| 透明性 | 手数料/原価開示なし | 明細レベルで開示 |
| レスポンス | 3-5営業日以上 | 24時間以内 |
| 継続率(目安) | 70-80% | 95%以上 |
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相続登記が済んでいない物件の扱い
相続登記が済んでいない空き家は、そのままでは売却も担保設定もできません。2024年4月から相続登記は義務化され、相続を知った日から3年以内の申請が必要です。
管理会社としては、登記の状況を先に確認し、未了であれば司法書士につなぐところまでを段取りしてください。ここを飛ばすと、買主が決まってから手続きで数か月止まります。
2026年下半期の見通し — 制度動向と先回り提案
2026年下半期の動向予測を3点示す。
(予測1)京都市以外の自治体で類似制度の研究が進む。特に観光地・歴史的景観区域を持つ自治体(=鎌倉市・金沢市・倉敷市など)で、早ければ2027年〜2028年に条例化の動きが出る可能性。(予測2)国土交通省の空き家対策の交付金が拡充され、地方自治体の制度設計を後押し。(予測3)空き家バンクの整備が進み、自治体側がオーナーへの「自主的な利活用」を働きかける動きが強まる。
管理会社としては、上記3予測を踏まえ、(a) 既存オーナーの放置空き家リスト化 (b) 4分岐シミュレーションテンプレの整備 (c) 地元士業ネットワークの構築 — の3点を2026年内に完了させるのが現実的なロードマップ。当社では2026年6月までに完遂予定。
不動産業務のよくある質問 FAQ|実務で押さえるべきポイント
Q1. 首都圏で京都市のような空き家税は導入されますか?
2026年5月時点で、横浜市・川崎市・鎌倉市いずれも「研究」「注視」段階で具体導入の動きはありません。ただし、空き家率の上昇トレンドを考えると、3〜5年内に複数の自治体で類似制度の導入可能性があります。
Q2. 空き家を所有しているだけで罰則がありますか?
所有自体に罰則はありません。ただし「特定空家等」(=倒壊の恐れがある等)に認定されると、固定資産税の軽減特例が外れ実質6倍に増えるリスクがあります。京都市の空き家税は別途、市町村税としての追加課税です。
Q3. 4分岐シミュレーションを自社で作るには何が必要ですか?
賃貸転用の改修費見積、月額賃料相場、売却時の路線価ベース査定、解体費の地域相場、固定資産税の将来推計、近隣維持費の概算、の6データが必要です。当社ではウルスタ上で物件IDから自動算出する仕組みを構築していますが、Excelテンプレでも代替可能です。
Q4. 相続登記義務化と空き家税はどう関係しますか?
相続登記の義務化により、これまで把握困難だった空き家の所有者情報が整備されつつあります。これは将来の空き家税運用における前提インフラとして機能するため、両制度はセットで理解する必要があります。
Q5. 高齢オーナーへの空き家提案で気をつけるべきことは?
数字の話の前に、相続人の感情(=思い出・心理的整理)に寄り添うコミュニケーションが半分を占めます。「壊す」という言葉を使う前に、心理的準備を整える時間を必ず設けます。また、近隣で見回りをしてくれている方への挨拶も忘れないでください。
Q6. 空き家提案の収益性はどれくらいですか?
1件あたりの受託額は平均80万円〜150万円(=売買仲介+解体段取り、または改修管理+賃貸管理の初年度)。賃貸1室の月額管理料の30〜40年分に相当します。さらに紹介発生率1.8件と高く、長期収益性も高い業務です。
提案を急いだときに起きること
相続人が複数いる場合、窓口になっている一人だけと話を進めると、あとから他の相続人の反対で振り出しに戻ります。誰が意思決定に関わるのかを最初に確認し、資料は全員に同じものが渡る形にしてください。
2026年5月時点の業界動向 — 自治体連携の動きと管理会社の選択肢
2026年5月、国土交通省と全国宅地建物取引業協会連合会が「空き家対策連携モデル事業」を10自治体で開始。神奈川県内では小田原市が選定され、地元の宅建業者と自治体が連携して空き家のオーナーアプローチを実施する仕組みが動き始めた。これは中規模管理会社にとって追い風で、自治体側から相談リードが回ってくる可能性がある。
当社では2026年4月、業界団体の地元支部に「空き家対策研究部会」の設立を提案し、5月から月1回のペースで運用開始した。参加者は宅建業者12社・25名。情報交換と提案ノウハウの共有が進んでいる。同業他社との連携は競合関係ではなく、業界全体での空き家問題への取り組みとして相互補完の関係に立つ。京都市の空き家税が全国波及する3〜5年の間に、自社の商圏でも「空き家対応に強い管理会社」というポジショニングを確立することが、長期的な差別化につながると考えている。
不動産業務の利益相反開示 — 馬場生悦 = ウルスタ 創業者
本記事の著者である馬場生悦は、不動産管理SaaS「ウルスタ」の創業者であり、同サービスの空き家提案シミュレーター機能の設計責任者です。記事中で言及する4分岐シミュレーション・地元士業ネットワーク構築機能はウルスタ上で標準実装されており、本記事はウルスタへの導入を促す商業的意図を含みます。読者は本記事を、創業者本人による現場ノートとしてお読みください。
不動産業務 SaaS 用語集 2026|100 用語を宅建士・馬場が解説
CRM・SaaS・レインズ・BB (業者間流通)・IT 重説・電子契約・AI 査定・LTV・DSCR・チャーン まで、不動産業務 SaaS の現場で日常的に飛び交う 100 用語を、宅地建物取引士・馬場生悦が「定義 + 背景 + 現場視点」の 3 段で解説した完全保存版です。
よくある質問 FAQ|実務の疑問に答える
本記事の論点に関連する、現場でよく寄せられる質問への回答をまとめました。
オーナーへの提案で「家賃を下げて募集しましょう」とだけ伝えると、実際には市場の下落と空室期間の延長を試算したうえでの結論であっても、「営業が楽なほうを勧めている」と受け取られることがある。結論だけを口頭で伝えると、根拠は相手に届かない。信頼を戻すには数か月かかる。
オーナー提案は「結論」ではなく「結論に至るプロセス」を見せることが信頼の8割。数字だけのレポートでも、口頭だけの説明でも、どちらか一方では伝わらない。
オーナー提案は必ず「現状データ→比較事例→結論→次の打ち手」の4段で構成する。1ページのサマリー+詳細データの2本立てで渡す。
本欄は特定の実体験ではなく、賃貸管理・仲介の実務で繰り返し起きる典型的な失敗と、その対処を一般的な形で整理したものです。
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出典・参考資料
本記事の数字は、筆者が自社で保有する物件と、伴走した管理会社の記録に基づく実務値です。公的統計を引用した箇所には、その都度本文中に出典を示しています。

